第15時限目 図書のお時間 その14
さて、そんな私なのだけれど、実は六名さんの問題以外にも懸案事項が1つあったりする。
「進路かあ」
前に配られた進路希望調査に対して、あまりに皆が雑に『進学』とか『就職』とかしか書かなかったからか、クラス担任に「ちゃんと面談して確認しなさい!」と理事長命令が下ったらしく、咲野先生も慌てて面談を始めたらしい。
とはいえ、もちろん順番に面談をするから、いっぺんに皆の進路相談が出来るはずもなく、50音順に面談が進んでいる。
私は既に終了していて、そのときは初っ端に「小山さんはまあ大丈夫だよね」みたいな、実に咲野先生らしい始まり方をしたから心配だったのだけれど、何だかんだで気になったことを相談したら、真面目に聞いてはくれた。
両親がどちらも理系だから、何気なく理系に進もうとしている不安とか、自分自身のなりたい姿が分からないこととか。
咲野先生のアドバイスは「とりあえず、まだ何もはっきりしてなければ『なんとなく』でも決まっている方に1度進んでみれば良いんじゃない? 高校生ならまだまだ色んな道があるし、1度は流されてみて、駄目なら他の道に行くってのも手だよ」という親切なのか、雑なのか分からない結論が返ってきた。
多分私自身まだ何も決まっていなのだから、どんな言葉を言われたって不安にはなるんだろうと思う。
そう考えれば、少なくとも真面目に話は聞いてくれて、どういう形であれ、そっと背中を押してくれたというのは嬉しかった。
正木さんたちと話もしたけれど、私同様にまだ皆も何になりたいかがはっきりしていないし、咲野先生のアドバイスもやっぱりはっきりしなかったみたい。
それでも、前の学校だったら、ちょっと抜けていたけれど優しかったクラス担任はさておき、人によって国内のみか海外含めるかの違いだけで、とにかく知名度が高く、一般的に『良い』と思われている学校を目指す以外に道は無い、という空気だったから先生や他の友だちに相談するという空気はなかった。
だから、ちょっとだけ咲野先生がいつもより先生らしく見えた。
……そう思っていた頃もありました。
「ごめーん、小山さん! お願い! へるぷみー!」
寮の部屋がノックされたと思ったら、半泣きの咲野先生に手を合わせて謝られた。
「いや、まあ良いんですが……」
事情を聞いた私の中で、折角上がったばかりの咲野株が大暴落中。
一体何を謝られているかというと、咲野先生が次の面談予定日を六名さんに知らせ忘れていたという話。
大体、毎日2人ずつくらい、放課後に呼び出して10分から15分程度の話をする、という時間割にしていたみたいなのだけれど、明日が六名さんの番らしい。
いやいや、別に面談だけなら最悪当日でも良いじゃないと思うけれど、実は面談前と後に書かなければならない書類があったりする。
とは言っても、その書類は至極単純なもので、A4用紙の上下半分ずつに枠が設けてあって『面談前後で自分の抱えている問題がどう変わったか』という内容を書け、というもの。
別に面談後にまとめて書けば良いじゃない、と思ったりもするから、咲野先生にもそう言ったのだけれど。
「まあ、形だけ整えるなら、そういうのも分かんないでもないんだけどさ。そうやって紙に書け! って言われて書こうと思ったとき、自分が本当に何したいのか、とかこれからどうすればいいのかな、とか真面目に考えるようになるじゃん? 小山さんもそうだったでしょ?」
「まあ、確かにそれは分かりますが」
「もし何も書けなくても『あ、私何も書けない』って不安が分かるワケ。そんな課題が見えてから面談しないとさ、15分しかない面談時間じゃ『どうしよっかねー』みたいな、近所のお姉ちゃんとの雑談で終わっちゃう。そうすると、面談する意味が無いの。だから、先にこの紙を渡しておきたいの!」
ホント、色々物忘れが激しかったり、いい加減なことばかりしているから社会人としてはあまり見習えないのだけれど、先生としては変に真面目で、生徒のことを良く考えてくれている行動が結構見受けられるから、咲野株は乱気流に揉まれている飛行機みたいに上がったり下がったりを繰り返している。
何にせよ、その書類を六名さんに届けたい気持ちはあるらしいけれど。
「それなら、先生が持っていけば良いのでは……」
「あたし、これから職員室に戻らないといけないの! っていうか職員会議抜け出して来たの! 既に真雪ちゃんにめっちゃ怒られてるの!」
「……」
そう言った直後、咲野先生の電話が鳴って、液晶画面を見た咲野先生が「ひぃぃぃ」ってホラー映画の主人公みたいになっていたから、早く帰してあげた方がいい気はしてきた。
「分かりましたけど……六名さんの家、知らないですよ」
そう。
六名さんは金曜日の夕方から日曜日の夕方頃まで居ないはず。
私のその予想はどうやら当たっていたようで、咲野先生が寮の部屋を訪ねたときも既に六名さんは居なかったらしい。
「もし、ここに居ないならここに居るはずだから!」
そう言って、咲野先生が差し出した地図を受け取る。
ネットでアクセス出来る地図で、住所検索したところにマークが付いていた。
距離的には歩いていけないわけではないけれど、近いとは言えない。
まあバイト先よりもちょっと遠いかな、くらい。
「微妙に遠いですね……」
「ごめん、後で埋め合わせはちゃんとするから!」
そう言って、ひたすら謝り倒すところにまた電話が鳴るから、私も折れて頷くしかなかった。
「恩に着るよ!」
半泣きどころか全泣きになりつつある咲野先生が、
「あ、ちなみに名字については詮索しないようにね」
という爆弾を投げつけて去っていった。




