第15時限目 図書のお時間 その5
「今日はあんがとねー」
にへら、と咲野先生が笑いながら言う。
「いえ」
「いやー、やっぱり小山さんは見た目通り、力があって助かるわー。今度はお礼にちゃんとブラックじゃないコーヒーとか……あ、お茶の方がいい? ま、とにかくまたよろしくねー」
「ええ、まあ……」
これは今後も体よく使われますね、間違いなく。
まあ別にちょっとくらいは構わないけれど、あまり変な、というか面倒くさいものばかり押し付けられないといいなあ。
咲野先生のことだから、そのうち面倒なことを全部私に押し付けてきそうでちょっと怖い。
「あー、そういえば六名ちゃんも寮生だよね」
こくり、と頷く六名さん。
……あれ、そうなの?
でも、今まで寮で見かけなかったような……。
「んじゃ、送っていくほどでもないか。そいじゃあ、また明日ねー」
咲野先生はじゃ! と片手を上げて、足取り軽く去っていった。
残された六名さんと私だったけれど、六名さんがてくてくと図書室の端に置かれた鞄を取って、歩き出したのを合図に、私も立ち上がった。
……そういえば、こんな大掛かりな作業になるとは思っていなかったから、教室に荷物を置きっぱなしだった。
取りに行こうかどうしようかと思ったら、六名さんがぺこりと私に頭を下げた。
「あ、ど、どうも……」
慌てて私も頭を下げたのだけれど、頭を上げたときには六名さんの姿は無かった。
あ、うん……まあ、そうだね。
同じ寮生とは言っても、別にまだ仲が良い訳でもないのだから、一緒に帰る必要は無いよね、うん。
何だかちょっと寂しい気持ちが芽生えたけれど、仕方がない。
特に何も持ってきてない私は、さっき飲み終わったコーヒーの缶だけ持って部屋を出た。
「……」
「あ、あれ、六名さん?」
先に部屋を出たから、てっきりもう1人で帰ったのかと思ったのだけれど、壁の陰に居て見えないだけで、六名さんはちゃんと部屋の外で待ってくれていた。
ちょっと嬉しい。
じっと私を見上げているのは、私が遅いのを責めているのか、それとも別の理由かは分からないけれど、私が図書室を出ると鍵を掛けた。
そっか、そういえば学校の入り口は最新鋭な感じなのに、各部屋はまだ手動の鍵だから、鍵を掛けておかなきゃいけないんだ。
鍵が掛かったことを確認した六名さんは、私を見上げてから、何も言わずに歩き出した。
……もしかして、今のアイコンタクトって「行くよ」という意味だったのかもしれない。
それくらいは喋ってくれてもいいと思うのだけれど。
私とは喋りたくない……ううん、咲野先生に対してもあまり喋っている様子は無かったし、もしかしてあまり喋るのが好きじゃない?
ただ、これが本当だとすると、一緒に帰るというのは非常に辛いものがある。
「……」
「……」
こんな感じで、無言のまま歩くだけ。
だから、実に空気が重い。
向こうはどう思っているかは分からないけれど、少なくとも私には凄く重く感じている。
だから、六名さんが3階のスロープを数歩降りるまで、私は声が掛けられなかった。
「あ、あのっ」
「……」
華夜の数倍くらいひんやりした視線にちょっとだけ言葉に詰まったけれど、私は一呼吸置いてから、意を決して声を出した。
「わ、私ちょっと鞄、教室に置いてきちゃってて、だからその、ちょっと取ってきます!」
かなりの早口でそう言って、六名さんの反応を待たずに駆け出した私は、だかだかと大きな足音を立てながら教室に入ったから、まだ教室に残っていた数人の奇異の目に晒されたけれど、机に引っ掛けた鞄を掴んだ私は可及的速やかに戻り、
「じゃ、じゃあ、行きましょう、か」
と呼吸を乱しながら言った。
私の頭から爪先まで視線を一周させた六名さんは、何も言うこと無く踵を返し、スロープを降りていくから、私もそれについて降りる。
そして、またそこから無言の行脚が始まろうとしていたから、私は出来るだけ明るく、六名さんに声を掛けた。
「む、六名さんの実家は遠いの?」
「……」
む、むむ、実家ネタは触れられたくない話題だったかな。
じゃあ、話題を変えよう。
「あの、寮には1年から住んでるの?」
「……」
これも駄目。
ま、まあもしかすると実家ネタの延長で、こう……家庭の問題的な何かを抱えているかもしれないから、言いたくないのかも。
ただ、私の脳内の話題提供ポストに投函される内容は実に範囲が狭くて、既に話題が枯渇し始めている。
本物の女の子なら、多分化粧品とか服とか、そういう話のネタがあるのかもしれないけれど、私にはそういう話題には非常に疎い。
いや、むしろ本気で私と話したくないというおそれもあるから、むしろ声を掛けない方が良いかもしれない。
ううむ……。
脳内会議での最終結論、無言で寮まで歩こう。




