第15時限目 図書のお時間 その1
「うちの寮、座敷童子が居ると思う」
真面目に言った私の言葉に対し、正木さんは少し困った表情、都紀子はいつもの八重歯を見せる笑顔、そして真帆に至っては「何言ってるの?」と言いたげな顔を返してきた。
「何言ってるの?」
表情だけじゃなくて、言葉までそう返してきた!
「あれかねー? 準にゃんも勉強ばっかりしてて疲れてきたのかねー?」
あ、そして都紀子のこの笑顔、可哀想な相手に対して向けるやつだ。
「い、いや、本当なんだよ!?」
私が直前にした説明を、改めて真帆が復唱する。
「最近、頻繁に謎の視線を感じるものの、その相手を追いかけても姿は見えない。でも、足音はする。だから、きっと座敷童子が居るんだろうと」
「うん」
「いや、無いわー」
やれやれ、と非常に大袈裟な態度で、完全否定された。
……私だって最初はそんな非科学的なモノが存在するとは思っていなかったし、今だって半信半疑な部分もあるけれど、現実に吸血鬼が実在したと分かった今、何が存在してもおかしくはないと思っている。
まあ、思ったよりもその吸血鬼は十字架もにんにくも効かないし、太陽光も苦手じゃない上、ポンコツ美少女だったから、彼女を吸血鬼と呼ぶべきなのか、私の中でまだ審議中なのだけれど。
「準の部屋に居る……テオだっけ? あの猫ちゃんが勝手に部屋を出歩いてるだけじゃないの?」
「それは無い。テオはこの前、雷が鳴ったときに飛び出した以外は1度も部屋から出してないし、もしこっそり飛び出してたとしても、私を見つけてもすぐに寄って来るはずだし」
まあ、脱走してた場合は捕まえられたくないから、こっそり様子を窺う可能性もゼロではないと思うけれど。
何より、猫の視線と人間の視線を間違えることは流石に無いと……思う。
「やっぱり、準にゃんは疲れてるのかねー」
よしよし、と私の頭を撫でてくれる都紀子に悲しみを覚える私。
本当の本当なのに!
1番考えたくないパターンは幽霊という可能性なのだけれど、それだったら怖いじゃ済まないから、本物かどうか確定するまでは、まだ比較的出てきても心の余裕が欠片くらいは残りそうな座敷童子ということにしている。
座敷童子なら居なくならない限り、むしろ良いことが起こる……はずだし。
「座敷童子はもっと日本家屋っぽいところじゃないと出ないんじゃないかねー?」
「私もそう思ったけど、でも本当なんだって!」
皆が信じてくれないから、私は語気が強まるのだけれど、
「おーい、ホームルーム始めるぞー。日直、号令ー」
と朝一でだるそうな咲野先生が入ってくるから、
「その話はまた休み時間ねー」
と手をひらひらさせる真帆と相変わらずにこにこ顔の都紀子が席に戻っていく。
むむむ、誰も信じてくれない。
本当……なんだけどなあ。
座敷童子じゃないとしたら何なんだろう。
えっと、確か昔読んだ本では海外系座敷童子では……ブラウニーとかいうのが居たような。
ブラウニーは子供にしか……あ、子供と正直者にしか見えないんだったかな?
とすると、性別を誤魔化している私の目の前に現れないはず……いや、見えないからやっぱり合ってる?
「……さん」
うーん、でももし本当にブラウニーだとしても、今後もあんな感じで出てこられるのは困るというか……。
「……ま、さん」
かと言って「じゃじゃーん!」みたいに登場されても困る――
「こやまっ、さんっ」
「は、はははっ、はいっ?!」
私は小声で自分の名前を呼ばれ、脊髄反射的に思わず立ち上がってしまった。
そして、そのおバカな私に視線がものすっごいレベルで集まっているのに気づき、冷や汗が体中の毛穴全てを制圧したんじゃないかってくらいに出ていた。
「こ、や、ま、さぁーん?」
「は、はいっ!?」
声の主は額にビキビキと青筋を立てている咲野先生。
教壇から私を睨んでいた。
あ、あれ……さっきの声って正木さんの声だったような……と思って隣を向くと、正木さんが小さく手を合わせて私の方を向いていた。
あ、ああ……もしかして、咲野先生が呼んでるってことを教えてくれようとしてたのかな。
むしろ、私がごめんなさい。
何にしても、状況が全く掴めない私はシャキッと背筋を伸ばすと、まだ素直に言うことを聞きますデーの影響が根深く残っていたから、
「すみません、聞いてませんでした!」
と素直に言ってしまい、教室からくすくすと笑い声が上がる。
ううう……恥ずかしい。
そんな私の態度を見て、はぁぁぁ……と深い呆れを吐き出した咲野先生は私を見て、
「まあいいか。素直な態度だから許してあげましょう……代わりに放課後、仕事をしっかりやってもらうからね!」
「はいっ! ……え、仕事?」
えっと……一体、何の話?




