第3時限目 日常のお時間 その4
「七不思議ですか。今日、坂本先生に幾つか教えてもらいました」
「坂本先生って誰?」
「えっ」
かなり素で返されたので、私は岩崎さんの言葉に自分が名前を間違えているのかと慌てて脳内本棚の人名リストのページを捲ったけれど、見つけたページにはでかでかと『坂本先生』と書かれていたので、未だ名前から思い当たる顔が無い様子の岩崎さんと互いに顔を見合わせて首を傾げた。どっちが間違ってるのかな?
「保健の先生だよ、真帆」
「そーそー、保健の眼鏡の先生だねー」
「あー、保健の先生ってそんな名前だっけ? 保健の先生でしか覚えてないや」
ははは、と大笑いする岩崎さん。良かった、名前間違えていなくて。
「で、その七不思議なんだけど、小山さんは何個知ってる?」
「えっと……3つですね。音楽室から夜中に聞こえる美少女の声とトイレだけじゃない花子さんと美少女好きの吸血鬼は教えてもらいました」
「アタシ、トイレだけじゃない花子さんっていう語感が何か好きだなー」
既にサンドイッチを食べ終わって、箱をいじくり倒している片淵さんが言う。
「そこまで知ってるんだ。でさ、その中の美少女好き吸血鬼の話なんだけどさ……また昨日現れたらしいよ」
「昨日?」
「うん、昨日。さっき友達に聞いたんだけどさ。何か友達の友達が狙われたんだってさ。怖いよね、コレ」
「確かに……怖いですね」
「でも、吸血鬼って想像上の生き物だから本当に吸血鬼ってことはないんだろうけど、年に何回かは起こってるらしいから怖いよね」
「そんなに頻繁なんですか」
「そうそう」
実在する人物にドラキュラのモチーフになった人が居たって話は聞いたことがあるけれど、流石にその人が今も生き残っているとかそういう話は無いと思いたい。むしろそんなことがあった方がよっぽど吸血鬼なんかよりも怖いし。
「それと、何故かうちの学校に現れる吸血鬼って日が上がっている時間帯も多いんだよね」
「そうなんですか?」
「そうらしいねー。しっかし、女ばっかり狙うってのも変な話だよねー、ってここは女子校だから仕方ないけどさー」
「えー、でも吸血鬼って女の子襲ってばっかりなイメージない? 超イケメンで」
「あーどうだろ。でも確かに漫画とかで出てくる吸血鬼ってイケメンなイメージあるかなー」
岩崎さんと片淵さんの話は徐々に吸血鬼の姿に関する想像の話になっていくけれど、私は実際のドラキュラという存在について思考を巡らせていた。
1番有名だと思われる吸血鬼のドラキュラは日が出ている間はお城にある棺に入っていて、日が落ちたら吸血のため飛び立つという存在だったはず。想像通りのドラキュラなら少なくとも日が昇っている間は行動出来ないか、行動を制限されると考えて良いはず。ということは一般的なイメージのあるドラキュラではない?
吸血鬼ではないとしたら何が起こっているんだろう。吸血鬼じゃなくて、吸血コウモリとかなら居てもおかしくないかも。でも、昼間に吸血コウモリと言っても――
「あの……」
おずおずと、正木さんの声が聞こえて、私は1度思考を停止してから周囲を見る。まだ岩崎さんと片淵さんは話に夢中だったけれど、正木さんが私を見ていた。
「私ですか?」
「はい。あの……小山さんって、あの、こんなこと言って良いのか分からないですが、考え込むと他の事が手に付かなくなるタイプですか?」
「え? あ、えっと、そうでしょうか?」
「さっきからずっと考え込むようにして、手が止まっていたので……」
「あ」
確かにせっかく買ったクラブハウスサンドもまだ1つ目すら食べ終わっていない。
「お昼の時間もうすぐ終わってしまうので、早く食べてしまわないと……」
「しまった、ホントですね。すみません、ありがとうございます」
「いえ。……それで、あの、気になっていたことはさっきの吸血鬼の話題ですか?」
「はい、そうです」
私は答えてから、クラブハウスサンドを口に運ぶ。美味しいけど、細かい味の表現をしている暇はあまり無いから、さっさと胃に押し込む作業を集中する。
「不思議ですよね。一時期話題になって警察の人も来られたことはあるんですが、被害にあった女の子は全員気絶してしまった前後の記憶が無いみたいで……。周りに誰も居ないときにしか起こらないこと、吸血鬼とは言うものの吸血された跡とかは残っていないこと、被害に遭うのが女の子ばかりだから単なる貧血ではないかと言われてしまったそうです」
そこで言葉を切ってから、正木さんも残っていたカットフルーツを口に運ぶ。
「貧血ですか……確かにそう言われてしまうとその可能性も無いとは言えないですね」
「はい。決まったタイミングでもなく、突然起こったりするらしいので、警察の人もどうしようもないみたいです。自衛手段として校舎内で1人で歩かないようにしてくださいと全校集会で言われたこともありましたが、まだたまに起こったりしてますね」
「ふーむ……おっといけない」
正木さんに指摘された、考えこむと手が止まる病がまた発症しそうだったので、慌ててクラブハウスサンドをもぐもぐしてから私は尋ねる。
「でも、何で皆さん、吸血鬼だって言うんでしょうか? 吸血された跡も無いのであれば、本当に貧血なのかもしれないですよね」
「んーと」正木さんは人差し指を口元に当てたまま考え込み、そのまま苦笑いで首を傾げた。「……そういえば何ででしょうね?」
疑問が払拭出来ないまま、正木さんと首を傾げていたらチャイムが鳴った。
「あ、時間……」
「5分前の予鈴ですからまだ大丈夫ですよ」
確かに一部の生徒がようやく席を立ち上がり、ぞろぞろと連れ立ってカフェテリアを出て行く時間のようで、まだお喋りに興じているグループもある。かと言って、他の3人をあまり待たせるわけにもいかないから、慌て過ぎないように慌ててサンドイッチを咀嚼し、飲み込む。
「ごちそうさまでした」
「んじゃあ教室戻ろっかー。あ、ゴミ箱あっちにあるから捨ててきてあげるよん」
片淵さんが立ち上がり、私の方に手を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
「いやいやー、構わないよー」
私は3人と教室に戻って、教科書の準備をしていたらすぐに本鈴が鳴って授業が始まって、私は授業に集中し始めたお陰で吸血鬼の話についてはすぐに意識から転がって逃げていった。




