第14時限目 契約のお時間 その16
口篭る私を見るに見かねたのか、
「……準は何であんなことしたの」
と助け舟を出してくれる工藤さん。
な、情けないけれど助かった……。
「え、ええっと……」
ただ、言い訳はしないと言ったばかりだから、どう答えようか。
脳内をフル回転させながら、
「……あの」
と思考中であることを伝える言葉が転び出たけれど。
「教えて」
真面目な工藤さんの目。
「……うん」
誤魔化したって仕方がない。
私は全て吐き出した。
あ、もちろん正座で。
途中でテオが私の頭をせがんできたから、乗せてあげたのと「足は崩しても良い」と言った工藤さんの言葉に対し、首を横に振った以外は、ほとんどずっと流れるように思いを全て出した。
それはもう、私自身を逆さまにしてひっくり返しても、これ以上言葉が出て来ないようなくらい。
「……」
「ということ、です」
締めの言葉まで言い切った。
大分、言い訳じみたことを言った気がするけれど、少なくともそのときは本心だったから、嘘偽りなく全部喋った……はず。
「勝手な思い込みばっかりで、最低」
「うん」
だから、工藤さんの言葉に、私も頷く。
今冷静になって思えば、随分酷いことを言ったし、したと思う。
だから、言い訳しない。
「……でも、分かった」
私の態度を見て、納得してくれたのか、納得せざるを得なかったのかは分からないけれど、工藤さんは、
「じゃあ、私も言う」
と足を揃えてから言った。
「……え、何を?」
「別に、準を千華留に近づけたくないわけじゃないし、準が私たちのことを知ってて近づいたとは思ってなかった」
自分のもふもふ髪を、人差し指でくるりくるり回しながら、工藤さんがそう言う。
「え? でも……」
「逆。千華留から準を遠ざけるため」
どういうこと? と頭の中でハテナ妖精が飛んでいた。
「吸血したくなる衝動を抑えるためってことであれば、元々そのために工藤さんが見ててくれたんじゃなかったっけ?」
「そういう問題じゃ済まない。確かに準の性別が一生バレなければ大丈夫かもしれないけど、もし千華留のお母さんに、準が男だってバレたとき、いつも準の血を吸っていることまで知られてしまったら、間違いなく結婚させられる」
「う……確かにそれはそうかも」
あの雰囲気からして、問答無用で捕まりそう。
「……あ、で、でも、ほら……園村さんというか、園村家に相応しいかチェックするとかどうとか……」
「相応しくなくても離す訳ない。徹底的に躾けされるだけ」
「そ、そっか……」
血の誘惑からは逃れられない。
ならば、既に血を吸ってしまった男を自分の家の仕来りに合わせるように教育する、というのは当然かもしれない。
……とすると、何かやらかしたら私もお尻叩き百回!?
「でも、もう吸ってしまったから……」
「吸わない時間が伸びれば、少しは抑えられるかもしれない」
「それは……そうかもだけど」
私が微妙な態度を取っていたら、
「じゃあ、準は」
比較的声の小さい方な工藤さんが、はっきりとした調子で続けた。
「千華留と結婚したいの?」
「え゛っ」
思わず、表現し難い声を上げてしまった。
「いや、その……」
正直なところ、見た目は悪くないというか、むしろとても良いと思うし、ちょっと……どころじゃないかもしれないけれど、ポンコツなところも嫌いではないし……いやいや、そういう話ではなくて、いやそういう話なのだけれど!
「どうなの」
座っていた私に近づいてくるから、私はその分だけ後ろに下がり、ベッドに背中をぶつけた。
その表紙に頭の上に居たテオがころりんと転がった、気がするけれどそちらに視線は向けている余裕がなかった。
「え、えええええええっと……」
「即答出来ないなら、千華留は渡さない」
そう言って、つーんとそっぽを向いた工藤さん。
そんな工藤さんを見て、私はまた素直に言った。
「え、っと……したいかしたくないかというよりも、まだ私も良く分かってない、というか」
「……」
「園村さんのお母さんが言ってたみたいに、もっと後で考えればいいかなって……正直思ってた」
「そう」
「血を吸うことについてはあまり深く考えてなかったから……」
吸血鬼が血を吸うことで眷属を増やすっていうのは、もしかすると単純な感染的な意味もあるけれど、知られた人を野放しに出来ないから仲間に引き込むって意味もあったのかもしれないなあ、なんて。
「だから、これから真面目に考えなきゃいけないとは思うし、まだ結婚はしない……と思う」
「そう」
「でもね!」
ずいっと、今度は逆に私が工藤さんに近づく。
「で、でも?」
反撃というか反論が来るとは思わなかったのか、工藤さんが少しだけたじろぐ。
「工藤さんだけが苦労するのも、良くないと思ってる」
今日は本心発表デーだから、全部本心でそう言ってしまうことにした。




