第14時限目 契約のお時間 その14
抱えている工藤さんは死守しようと、壁にもたれ掛かる形で弾丸を躱したつもりが、何故かその弾丸は意志を持っているかのように曲がって、私に突撃してきた。
「にゃ」
……いや、明確に意志を持っていた。
「て、テオ?」
ピンと立った尻尾を私の足に擦り付けながら、私の周りをぐるぐる回る猫は、正しく私が飼っている猫、テオドールだった。
そういえば、さっき鳴った雷で何処かに隠れてしまっていたけれど、まさか工藤さんの部屋に隠れていたとは。
「……」
「……」
「……はっ」
足元のテオを安堵の表情で見下ろしていたら、2つの視線が私を貫いているのに気づいた。
「準のせい」
テオのせいで慌てて飛び出し、足を挫いた工藤さんと、
「何故、貴女の猫がここに居るのかしら……?」
テオが他の寮生の部屋に侵入していたことに対する太田さんの非難の目だった。
「誠に申し訳ない……」
何だか最近謝ってばかりのような。
いや、でも!
最初から謝る覚悟を決めてから出てきたのだから――
「準」
「小山さん」
「……ひ、平にご容赦を……」
土下座しようにも工藤さんを抱えているから出来ないし、深く頭を下げようとしたら、抱えている女子の双丘に顔を埋めるような形になりそうで、慌てて顔を上げざるを得なくなったし、何はともあれ私の知りうる謝罪の語彙で、1番誠意が伝わりそうな言葉と共にぺこぺこ小さく頭を下げた私。
「……はあ、工藤さんはどうなの?」
「何?」
太田さんの言葉に、首だけ動かして反応する工藤さん。
「小山さんの猫が、急にこの部屋に入ってきたから足を挫いたのでしょう? 許してあげるの?」
「許さない」
ほぼ即答。
「そう。じゃあ、ちゃんと許してもらうまで誠心誠意謝らないといけないわね」
流し目というか睥睨寄りの視線を向けた太田さんに、正木さんと同じようなことを言われ、
「はい……ごめんなさい」
と私はもう、バリエーション豊富な謝り方をすることしか出来なかった。
私は工藤さんをベッドに下ろして、代わりにテオが何かしていた人形を抱えあげる。
「ひつじ……?」
少し猫の毛が付いているけれど、それ以前にもっこもこのひつじ人形が何故ここに……?
テオが何処かから持ってきたのかな? と思っていたら、一瞬で目の前からひつじが奪い去られた。
あ、あれ?
「……悪い?」
ひつじを私から奪い去った工藤さんは、ふいっと寝返りを打って背中を向ける。
あ、これ工藤さんの私物か。
工藤さんの部屋だから、良く考えれば当然だったのだけれど、何となく私と同じで、物を持たないタイプかなと勝手に思っていたから、ぬいぐるみの持ち主が工藤さんであることに思い至ってなかった。。
羊が好きなのかな?
それとも、手触りが良いから使ってるとか?
「ううん、もこもこしてて、可愛い羊だなと思って……というか、テオの毛が付いちゃってるから、綺麗にしてくるよ」
「別にこのままで良い」
むしろ、持っていかれる方が困るような雰囲気さえあった。
私は、工藤さんが抱えていたひつじの人形と工藤さんの髪の毛を見比べて、思わずああなるほど、みたいな謎の腑に落ちた感があり、いやいや謝罪中でしょ! と脳内で小さな自分がビシッとツッコミを入れていた。
「ほら、脚見せて」
私が要らないことを考えている間に、太田さんが工藤さんの足を優しく触りながら言った。
「どっちが痛いの?」
「……左足」
「左ね。捻挫ってことは足首辺り……この辺りでいい?」
「いい」
ぺたり。
「よし、とりあえず湿布は貼ったから、今日は安静にしておくこと。明日も痛かったら、ちゃんと病院に行くのよ。良いわね?」
「分かった」
委員長というよりはお母さんみたいにあれこれ指示した太田さんに、こくりと頷いた工藤さん。
その様子を見て、よしとばかりに頷いた太田さんが言った。
「じゃあ、小山さん。工藤さんを宜しくね」
「はい……はい?」
当たり前のように、工藤さんを私に託した太田さんはさっさと部屋を出ていってしまった。
……え、いや、まあ。
「あ、忘れてた。そのねこちゃん、変なところでおしっことかしていないか、ちゃんと確認しておきなさい」
ひょこっと扉から顔を出して戻ってきた太田さんは、びっと指を立ててそれだけ言ったら、また去っていった。
「あ、はい……」
頷くしかできなかった私は、とりあえず足元で体をこすりこすりするテオを、定位置である頭の上に戻した。
「……何それ」
「え、うん……勝手に託されても困るよね。ごめん」
「違う」
私の謝罪に、否定の態度を取る工藤さん。
んん……?




