第14時限目 契約のお時間 その11
洗面所兼脱衣所に入っていった工藤さんを追いかけるかどうか、少し悩んだ末、慌てて追いかけるよりも時機を窺うことにして、ひとまずは夕食を済ませることにした。
……本当は、もしこのタイミングで脱衣所に入ったら、着替え中の工藤さんにばったり出くわすかもしれないという心配があったからなのだけれど。
今までだったらまあ……いや、良くはないものの、パフェのサイズがふた回りくらい大きくなったものに、ジュースで許してくれるかもしれなかった。
しかし、この状況でそんな場面に遭遇したら、むしろパフェを容器ごと顔面に投げつけられるだけで済むかどうかも怪しい。
「……ん?」
誰かが点けっぱなしにしていたらしいテレビを見ると、確かにニュースでは「暴風警報」とか「停電に注意」などのテロップが流れていて、傘を差している高校生が吹き飛ばされそうな様子が映っていた。
頑張れ……! と知らない高校生に念を送りつつも、こんな天気がこっちに流れてくるとすると、確かにしっかり戸締まりしておかないとまずいかもしれないと思った私が少し食事の手を早めたところで、ニュースキャスターの声を遮るくらいほどの音量で突然響く電子音。
最初はテレビからしているのかと思って、一旦テレビを消したけれど、その音が消える気配がないことにおや? と私は首を傾げた。
食堂には他に誰も居ないし……と左右を確認してから、自分のポケットがもそもそと振動していることに今更気づいた。
慌てて液晶画面を確認すると、益田さんの名前が表示されていた。
『ああ、出てくれて良かった。申し訳ないんだが、部屋の戸締まりの確認をしてもらえないか?』
安堵した声色もつかの間、やや早口で益田さんが言った。
「あ、はい。構いませんが……雨と風が強くなりそうだからですか? 今、ニュースでやってますが」
『小山さんも見ていたか。そう、思ったよりも荒れそうなんだ。一応、寮の掃除をした後に部屋の戸締まりはしたはずだが、風呂場や娯楽室など、共通で使っている部屋を見て回ってもらえると助かる』
「はい。あ、ただ……まだ食事中なので、終わってからで良いですか?」
『ああ、すまない、食事中だったか。もちろん、終わってからで構わない。私の方は寮長室で、美夜子と子猫たちを見ておかなければならないから、寮の方まで行く時間が無さそうなんだ』
「分かりました」
『よろしく……ん? 何だ、公香……何、もう来たか!』
電話を切る直前に、不穏な台詞がするりと耳の中に入ってきたけれど、私が電話を切った直後、遠巻きに聞こえるゴロゴロ……、ざぁ……という音。
「あれ、もしかして?」
嫌な予感しかしなかった私は食べかけの夕食をそのままに、食堂の外に出てみると、案の定というべきか、外は暴風雨の世界に様変わりしていた。
英語でCats&Dogsと言われるだけあって、密閉性の悪い寮ではあちこちからがちゃがちゃと騒がしい音が入り込んでくる。
「うわわっ!」
流石に、これは食事よりも戸締まりが先!
また太田さんに怒られてしまうかもしれない、ということもすっかり忘れて、ばたばたと廊下を走り、トイレやお風呂、倉庫の扉が閉まっているかを確認する。
……ついでに、工藤さんと鉢合わせるかもしれない、ということもどうやらすっぽ抜けていたようで、脱衣所を勢いよく開けて、誰も居なかったことに何の感想も持たず、戸締まり良し! という感想しか持たなかったこと自体に疑問も抱かなかった。
その後、2階に上がって娯楽室をチェックし、戸締まり確認完了。
ということで、私は自分の部屋のテオが気になり、
「テオ」
と扉を開け、声を掛けつつ明かりを点けようとしたら、突然黒というか灰色の弾丸が膝辺りに命中した。
「あいたっ」
謎の弾丸は結構大きく、素早かったけれどふさふさで柔らかかったから、弾丸本体のクッション性のお陰で何とか私がひっくり返ることは阻止できた。
「にゃー! にゃー!」
「……もう、テオ、脅かさないでよね」
私の足に繰り返しすりすりと尻尾や体を擦り付けるテオは、尻尾を大きく左右に振って落ち着かない様子だった。
「とりあえず、無事みたいだから良かった。じゃあ、ご飯食べてくるからちょっと待ってて」
普段なら、私がそう言うと大人しくベッドの上に行って、くるりと灰色ドーナツになるのだけれど、今日は絶対嫌だとばかりに、制服に飛びかかってきた。
「わっ、こ、こら、制服に上らないの!」
制服に穴が空かないよう、慌ててテオを抱えあげると、いつもの定位置である頭の上まで上がり、でもやっぱり落ち着かないからか、私の肩と頭を繰り返し行き来していた。
「……もう、仕方がないなあ」
非常事態だから、ということでテオもとりあえず連れて行って、すぐに食事をしてから帰ってこよう。
それか、食事のお盆を持って部屋まで戻ってくる、っていうのもありかもしれない。
何にせよ、テオを外に連れ出している様子を見られたら太田さんにはまた怒られちゃうかもしれないけれど、そのときは……もう謝り倒すしかない。
「テオ、大人しくしててね」
私はそう言って、テオを体の上に乗せながら、慎重に扉を閉めた。
じゃあ、食堂に戻って――
階段を下りきったところで、酷く劈くような音と共に閃光。
あっ、結構近くに落ちた! と思った瞬間バッツン! という音と共に切れる照明その他諸々。
「あ、停電?」




