第14時限目 契約のお時間 その10
さて。
好き勝手していた自分だけが救われていてはいけない。
ミケちゃん腹話術の終了後、正木さんと共に、テオよりも幾分かぐーたら系ミケちゃんと遊んで、気力を目一杯まで回復させた私は戻ったら工藤さんの部屋に謝りに行こうと考えつつ、あれ、そういえば確か工藤さんの部屋って1階だった気がするけれど、どの部屋だったかなと記憶を掘り起こしながら扉を開いた。
「……」
「あ」
流石に開けた直後に、謝罪のターゲットが居るとは流石に思わないよね、うん。
「あっ、あ、あのっ……」
言葉が上手く出てこなかった私は、慌てて脳内の辞書から謝罪の言葉目録を引っ張り出してくるけれど、適切な言葉を見繕う前に、工藤さんは歩いていってしまった。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
私は放り出すように靴を脱いで、どたどたと大きな足音を立てながら工藤さんを追うけれど、無残にも脱衣所の扉を閉められてしまった。
「……」
ま、まあ、まだ時間はある……から。
ファーストコンタクトは失敗したけれど、まだ……多分スリーアウトチェンジするまでは大丈夫だと……信じたい。
今度会ったときにはちゃんと謝れるように、脳内で謝罪のシミュレーションをしておこうと思った矢先。
「……また貴女なの?」
その、切れ味鋭い声に慌てて振り返る。
「あ……」
腕を組んで溜息を吐く太田さんが、果たしてそこに居た。
「ご、ごめんなさい」
「……もう、貴女にはそういうしとやかさを求めることに諦めているけれど」
そこまで諦められるというのも、それはそれで悲しいけれど。
「それより、工藤さんに何か用だったのかしら」
「え、あ、まあ……」
むしろ、個人的にはそちらの方を追求される方が、どたばたについてお小言を言われるよりも痛い、というか辛い。
「妙よね」
「え? 妙?」
「ええ。朝、ずぶ濡れで現れなかった辺りからおかしいとは思っていたけれど、さっきは私が話し掛けても全く反応しなかったわ」
「そ、そうなんだ……」
ほぼ間違いなく、その原因の一端は私なのだけれど。
……いや、でも私に嫌悪感を抱いて、突き放したいのであれば、そんなにショックを受けるわけが……。
いやいや、そういう考え方が駄目だとさっき分かったはずでしょ!
そうやって、自分の中で勝手に相手を決め付けたから、工藤さんを傷つけたおそれがあるのだから、判断するにしても材料がもっと揃ってからにすべきだよね。
「いつもの低血圧な感じではなくて、心ここに有らずというか」
「……ですか」
「ねえ、何か心当たり無いかしら?」
「……」
私に尋ねる太田さんに、どう答えるべきか考えあぐねていると。
「…………はあ、なるほどね」
「え?」
太田さんが私を見て、ははーんとでも言いたげな表情をする。
「また、小山さんが何かしたわけね?」
「え、ええっ!? な、何で分かったの? あっ……」
慌てて口を、物理的に塞いだけれど後の祭り。
でも、太田さんには話をしていなかったと思うけれど……?
誰かから情報が漏れたとか……?
私の脳内ハテナ工場が久しぶりの増産に困っていると、返ってきた答えは思いの外単純だった。
「簡単な話よ。朝の態度と、今の返事に困っている様子を見ていたら、喧嘩でもしたんじゃないかって誰でも察するわ」
「そ、そんなに分かりやすいかな……」
「ええ」
即答されて、私はずぅーんと沈む。
「それに、小山さんは結構ずけずけと物を言うから、人を傷つけてもおかしくないわね。何度もそういうことをした実績があるから」
追い打ちをかけるような言葉に、私の心は更に深淵に沈む。
自業自得だとしても、ヘドロ地獄に心を沈めるのはやめてください……と言いたい私は、でもやはり自分が悪いので言葉には出せない。
多分、見て分かるくらいに凹んでいたらしい、私の姿を見て笑う太田さんは、
「まあ、そうね……」
と、前置き的な言葉に繋げて言った。
「貴女は短気ではあるけれど、根っからの悪人ではないと、私自身が良く分かっているもの。だから、自分を信じ、相手を信じなさい」
「は、はい……」
何だかんだ、皆が応援してくれている、というのは嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。
「ああ、それと」
太田さんの言葉がもう少しだけ続く。
「今晩だけど、大雨と風が来るらしいから、部屋の戸締まりはちゃんとしておいてもらえる?」
「え、台風?」
にしては時期が早いような?
「台風ではないらしいけれど、似たような雨風らしいわね。ニュースで言っていたわよ。見てないの?」
朝の食事の時間に、たまにニュースがやっているのは知っているけれど、テレビを見る習慣が無い私にとっては、流れているのはお外でチュンチュン鳴いているすずめの声とさほど変わらない扱いというか。
「うん、全然知らなかった。ありがとう」
「はあ……本当に貴女って人は。とにかく、ちゃんと窓は閉めておくこと。もちろん、鍵もよ」
「分かった」




