第3時限目 日常のお時間 その3
「あら……華夜。前が空いたから、先に進みましょう」
「うん」
園村さんと工藤さんはサンドイッチを頼んだようで、お金を募金箱みたいに置いてある箱の中に入れる。ああ、支払いはここで済ませるんだ。別にレジがあるのかと思ったけれど、確かに部屋を見渡してもそれらしいものは見当たらないし。
「それではまた」
「ばいばい」
受け取ったサンドイッチの箱を持って、軽く頭を下げる園村さんと小さく手を振る工藤さんに私も頭を下げ、カフェテリアメニューを見る。
私立だからなのか、結構な選択肢があってちょっと悩む。前の学校はお母さんがお弁当を作ってくれていたから悩むことも無かったし、そもそも勉強の合間にただお腹を満たせれば良かっただけだからあまり学校での食事についてはこだわりはなかった。
とはいえ、私だって一般的な男子生徒、そう、男子生徒。
だから、休日とかにはたまにカツ丼とかラーメンとかを食べたりはしていたし、もちろん嫌いなわけでは無い。むしろ好き。だからこそ、せっかくカフェテリアでラインナップされているから頼みたくなるのだけど、女の子としてはどうなんだろう。選択肢があるのだから頼む人も居ないわけではないと思うのだけど、軽くテーブルを見る限りは食べている人は見当たらない。
うーん、と小さく唸っていると。
「早くしてくださらないかしら」
後ろから聞き覚えのある冷ややかな声。
振り返ると見覚えのある険のある表情の眼鏡ちゃん……いや眼鏡さん。彼女を天敵に持つ女の子が多いことを最近知ったけれど、その少女はただでさえツリ目気味なのに眼鏡の奥の目を更に上げて私を睨んでいる。
「ご、ごめんなさい、太田さん」
「私以外に誰も並んでいないからまだ良いですが、注文するものは並んでいる間に決めておくのがマナーでしょう」
「そうですね……すみません」
簡単に選べない理由が……なんてことは太田さんには関係ないだろうし、何より言い訳したら打てば響く太田さんに何を言われるか。
「ちなみに、クラブハウスサンドがここの名物です」
「……え?」
「ですから、クラブハウスサンドです。何を食べるか悩んでいるのでしょう? 悩んでいるのであれば、クラブハウスサンドを試してみれば良いと思っただけです」
ぷいっ、と顔を背ける太田さん。
ああ、そうか。別に太田さんも好きで怒っているわけではないし、ちょっと不器用なんだろうと思う。うん、そう思おう。
「なるほど……すみません、クラブハウスサンドをお願いします」
注文すると、さっきの2人が受け取ったサンドイッチの箱より1回りくらい大きく、透明な蓋の中には結構大きいサンドイッチが2つ入っているのが見える。
「益田さん監修なんですよ、そのサンドイッチ」
「……え、あの菖蒲園寮長の?」
「ええ。あの方、料理は得意ですし」
「えっ、まさか」
あのガサツにしか見えない益田さんが料理上手?
「まさかって、寮の食事は誰が作っていると思っているのですか」
はあ、と溜息を吐いて太田さんは続ける。
「まあ、あの普段の言動と姿からするとそう思われても仕方がないとは思いますが」
今の口ぶりは太田さんも最初は驚いたってことだろう。
確かに寮の食事は美味しい方だと思うけれど、食事を作るのはまた別の人が居るんだと思っていた。いや、まだ半信半疑で、影武者的な存在が居るのではと思っていたりするので、その疑問については追って事実確認をしなければならないと思う。続報に乞うご期待!
「ありがとうございました、太田さん」
「次、列に並ぶときには先に注文するものを決めてから並びなさいな」
「はい、分かりました」
太田さんに軽く頭を下げて、私はようやく机に戻ってきたら、既に我慢できなかったらしい岩崎さんと片淵さんはせっせと箸を動かしていた。『待っているから』とは何だったのか。
……ああ、正木さんはまだお弁当の包みを開けてもいないところからして「(正木さんが)待ってるから」だったのかな。
「ほはえりー」
「真帆、ちゃんと飲み込んでから……」
何というか、段々正木さんと岩崎さんはお母さんと子供みたいに見えてきた。片淵さんは岩崎さんのお姉ちゃんといったところかな。それも悪ノリを一緒にするタイプの。
「遅かったねー」
もぎゅん! とサンドイッチを飲み込んだ片淵さんに私は苦笑する。
「何を食べるか悩んでいたら結構時間が掛かってしまって」
「で、買ってきたのがクラブハウスサンドかー。にゃるほど、確かにアリかも」
片淵さんがサンドイッチを齧ってから親指をびっ、と立てる。
「早く食べないと休み時間終わっちゃうよ」
「そうでした……ああ、正木さん、お待たせしました」
「いえいえ、大丈夫です。では、いただきます」
「いただきます」
一口サンドイッチを頬張ると、少し甘めのマヨネーズソースにほんのりと主張している粒マスタードが――
「そういや、小山さんってうちの学校の七不思議については知っているんだっけ?」
慣れない食レポもどきを脳内で開催していたら、既に八割方弁当の中身を胃に収めた岩崎さんが尋ねてくる。うん、やっぱり私にそういうレポートは無理!




