第14時限目 契約のお時間 その5
「結婚してください」
「……えっ」
千華留の部屋に入ってすぐのこと。
あまりに不意打ち過ぎて、流石に構えることが出来なかったから、一瞬何を言っているのか分からなかったけれど、言葉の意味を理解した後も何を言っているのか良く分からなかった。
つまり、多分脳が理解を拒否したらしい。
「ど、どういうこと?」
「さっき聞いた通りですよ!」
ひーん、と半泣きになりながら、千華留が言う。
「もう私は準の血しか吸えないような体になってしまったんです。だから、責任取ってくださいぃ!」
がっくんがっくん、私の体を揺らす千華留に、横からチョップを入れたのは華夜。
「興奮しすぎ」
「うぅ……」
「千華留は私の嫁にするって言ったでしょ」
「確かに言ってましたけどぉ……」
言ってたんだ。
まあ、でも良くある冗談といえば良くある冗談かも。
ほら、小さいときに「結婚しようね」って言ったりするのは、結構ありそうだし。
本気にしている人はほとんど居ないと思うけれど。
「吸血鬼のことを口外できないから、普通の人とは結婚出来ないですし……」
「え、そういうこと?」
言われてみれば、確かに結婚するためだけに吸血鬼のことを教えるわけにはいかない気がするし、でも結婚相手には最終的に教えないといけないと思う。
かと言って、前に聞いた限りでは、男性相手には洗脳効果は出ないみたいだから、本当に信頼できる相手じゃないと打ち明けるわけにはいかないはず。
そう考えると、吸血鬼の結婚相手って誰でもいいわけではないから、大変なんだなあ。
「だから、千華留は私の嫁になって、私は準の嫁になる。そうすれば問題ない」
「……え、いや、何故?」
失敗した三段論法みたいなことを言い出す華夜に、
「あ、ずるいです! それだったら、華夜が私の嫁になって、私が準の嫁に……」
と被せる千華留。
「駄目」
ええっと……
やめて、私を取り合わないで! みたいなことを言うのが正解?
どう見てもからかわれてるのは間違いないのだけれど。
「あれ、華夜? 風邪引いた? 顔赤いよ?」
「赤くない」
そう言って、両の手で千華留を引き剥がす華夜。
……鈍感だと言われることはあるけれど、私だって流石に分かる。
意識、してるんだと思う。
でも、何故?
何時から?
下の名前で呼ぶようになったから?
脳内を辿って、華夜の変化点を見つけ出そうと思っていたら、
「こうなったら、準に決めてもらうしかないですね!」
と鼻息荒く、千華留が両手で拳を作り、私を見る。
「……えっと、何を?」
「どっちを嫁にして、どっちを嫁の嫁にするかです!」
「いや、だからどっちも――」
「どっちも嫁ですかぁ!?」
「違う」
ああ、うん。
華夜がチョップ入れたりして、彼女を制止したくなるのも良く分かる。
そして、思った通り、華夜が千華留の首元にチョップを入れて、情けない声を上げたまま倒れるのを確認してから、
「もうこの話はおしまい」
と華夜が立ち上がった。
「準、パフェごちそうさま。私、帰るから」
「華夜……?」
てくてくと部屋を出ていく華夜に、首元をさすりながら体を起こして、目を丸くする千華留。
「わ、私何か……華夜を怒らせること、しましたかね……」
うるうる、と半泣きになった千華留が子供みたいで、少しだけ笑えてしまった。
「ううん、大丈夫だと思う……」
そう言いつつも、脳内ではその後に「大丈夫かな……大丈夫だよね……」と続いていたけれど。
翌日の朝。
いつもなら、洗面所でぽたぽたと髪を濡らしたまま立っていたはずの華夜が、既に自分で髪を乾かし、きっちりした姿で食堂に向かっている姿が見えて、階段を下りてきた私は思わず通り過ぎた女の子の姿を2度見した。
……あれ?
今のは本当に華夜だよね?
目を擦りながら、洗面所を開けてみても、見慣れたずぶ濡れへにゃへにゃ頭が見当たらない。
ポケットに入れていた携帯を確認しても、時間はまだいつもの時間。
首を捻りつつ、食堂に向かうと、
「今日はいつもよりも早いわね」
そんな声が食堂から聞こえてきた。
覗いてみると、やっぱりさっき目の前を通り過ぎたサイドテール娘。
……夢じゃなかった。
「あら、小山さんも今日は早いのね」
眼鏡をきらりと光らせた太田さんがこちらを見ていた。
向かいには華夜が座り、のんびりと食事のために手を動かしている。
「これくらい余裕ある行動だと良いと思うわ。今後もお願いね」
「あ、えっと……私は……」
「今日は自分でやった」
私が訂正しようと思ったら、華夜が先に口を出した。
「自分で? 珍しいわね」
「早く目が覚めたから」
「そう。まあ、何にしても、これくらいの時間に食事するようになったのは良い傾向よ」
ふふ、と肘をつきながら笑う太田さん。




