第13時限目 血縁のお時間 その27
「そろそろ、都紀子もお腹こなれてきたー?」
風呂上がり早々に、岩崎さん……いや、真帆がそう声を掛ける。
「おー、そろそろねー……おやー?」
片淵さんが、真帆の表情を見て、ニヤリとする。
「何か機嫌良さそうねー?」
「そう? そんなこともないと思うけど」
答える岩崎さんは、そう言いながらも笑顔から表情が一切戻る様子がない。
……ま、まあ、岩崎さ……ああ、えっと、真帆が楽しそうなら良いのだけれど。
それにしても、下の名前で呼ぶのは難しいなあ。
いや、皆にはバレないように、まだ名字で呼べばいいのかな?
そう思いつつ、先に台所に入ってお茶を飲んでいた岩崎さんに、
「あ、岩崎さん。私にもお茶……」
と言うと、大仰な態度で、
「んー? 聞こえなーい」
と言い出す真帆。
そして、それに笑いを堪える岩崎家のお母さん。
あ、うん。
やっぱりそうだよね、知ってた。
「……真帆、私にもお茶貰える?」
「はいはい。洗い物増やしたくないから、あたしが飲んだコップだけど」
自分が飲み終わったコップにお茶と一緒くらい、微笑み一杯の表情で私に差し出す。
その様子を見ていたらしい正木さんが、ソファに戻ったらすぐに、
「……真帆と何かありました?」
と不安げ……とはまた違う感情が混ざっていると思われる表情で、私を見る。
「え、いえ、特には……仲良くなってそれなりに経つのに、まだ遠慮がちだから、もう少し仲良くしようって話をしただけで……」
嘘は言ってないけれど、それだけでもない。
「それで、名前で呼ぶようになったんですか?」
「え、あ、まあ……そうですね。さっき言ったみたいに、仲良く――」
「準さん」
「……あ、はい?」
ぎゅっと、私の手を握る正木さん。
「わ、私もっ! 名前で呼んでください!」
何故か焦ったような表情の正木さん。
「え、あ、えっと……まさ、じゃなくて……紀子、さん」
「……あ、や、やっぱり、さんも無しです!」
結構な勢いで食いついてくるので、隣で半液体くらいに戻っていた片淵さんが、
「あ、じゃあアタシも都紀子かトッキーかときちゃんで」
と、こてんと横になって、膝枕みたいな状態でそんなことを要求してくる。
「え、ええっと……の、紀子……と、都紀子」
「ぎこちないなー。まー、でもその内慣れるかもねー」
「で、ですね!」
ぎゅっと拳を握る正木……いや、紀子と都紀子。
「あはは、何ー? 皆も名前で呼ぶようにしようって?」
私たちの様子を見に来た岩崎さんが、笑いながら言う。
「んだねー」
真帆の言葉に、都紀子が体勢をそのままに答える。
「まあ、でも準はもっと積極的っていうか、えっと……ブランク? になっていいと思うよ」
「ブランクじゃなくてフランクね」
私の訂正に笑って返す真帆。
「それそれ。あー、でもまたバイト大変になるなあ。誰かさんが正義感で、悪者退治しちゃったからねえ」
私が座っているソファが定員オーバーになってしまったから、ソファの背にお尻を乗せてもたれ掛かりながら、真帆が意地悪く言う。
「あ、それなんだけどね……」
私は、あることを打ち明けた――
「いらっしゃいませー」
「……」
不服そうな表情の、沢なんとかさん。
「何でアンタがここに居んのよ」
「何でって、お目付け役?」
「うっざ」
そっぽを向くなんとか桐さん。
「うざくて結構だから、さっさと5番テーブル拭いて準備して」
「後から入ったくせに偉そうに――」
私に絡んでくるなんとか桐さんだったのだけれど。
「あーん? 沢桐……アンタ暇そうだねえ! 荷物運ぶから手伝いな! 準ちゃん、この子借りてくよ!」
恰幅の良いオバ……お姉さんが突如現れて、そんなことを言った。
「あ、はい。どうぞ」
「どうぞってアンタ……ちょ、ちょっと……あーっ」
引きずられていく沢桐に、にっこり笑顔のまま手を振っていたら、
「準、5番テーブルは拭いといたから、もう人入れて大丈夫だよ」
と真帆が隣に並んで教えてくれた。
「ん、ありがとう」
まあ、この状況からどういうことになったかは大方察しが付くと思うけれど、簡単に3行で説明すると。
私がバイトに入った。
沢桐、梶宮コンビはバイト残留、ただし岩崎さんと2人が入る場合は、私が2人のお目付け役として常に居るように、シフトを調節してもらうようにした。
パートのおばちゃんに気に入られた。それがさっき沢桐を連れて行った人。
……最後はさておき、本当は沢桐と梶宮の2人はまだ色々と問題を起こしそうだし、真帆を怖がらせたし、追い出した方が良いだろうという話が他の従業員から挙がっていたらしい。
ただ、同じ学校の生徒であることとか、私自身で何か出来ないかとか……そして何より、あの問題を起こしたオセロカラーのギャル2人も、あの場所で少しは変わってきているみたいだったから、何かしら環境が変われば、この2人も変わるんじゃないかなという淡い期待の下、こんなことになった。
「準はさ、ホントに良かったの?」
「ん?」
「あたしが確かに、一緒にバイトしようって誘ったんだけどさ。バイトしたくなかったんじゃなかったっけ?」
「したくなかったんじゃなくて、単純に必要性を感じてなかっただけだからね。でも、社会勉強という意味では良いかなって。受験勉強とか始まったらやめちゃうか、回数を減らすことになると思うけど」
「う、受験とか現実味のある話はやめてー」
耳を塞ぐポーズをする真帆。
「……ま、でも頼りにしてるよ、準。今後ともよろしく」
「うん」
笑顔で駆けていく真帆を見て、また少しだけ、ここに来た意味が増えたかなと思った。




