第13時限目 血縁のお時間 その25
「いやー、疲れたね」
「そ、そうだね」
力を抜いた声で岩崎さんがそう言うけれど、対照的に私は緊張していた。
「あ、ごめん。結構狭いよね。寮のお風呂だったら2人で入っても全然狭くないけどさ」
「いや、そんなことは……まあ、無いわけでは……」
ごにょごにょとはっきりしない言葉を返す私。
でも、それは当然。
正直、私1人でも少し足を折って入らなければならない大きさの湯船に、ギチギチとまではいかずとも、比較的ぴったり肌が接触する距離で入っているというのは落ち着かないよね。
……うん、本当に何故?
忙しいから早くお風呂を済ませたいというのは分からないでも無いけれど、それにしたって湯船に2人で入る意味は何処に?
「……」
「……」
沈黙。
正直なところ、この沈黙は1番困る。
お互い何も身につけていない状態で、それも湯船の中で向かい合っているのだから、変に視線を逸らすと拒絶しているようにも見えてしまうし、かといって相手の姿をじろじろ見るわけにもいかない。
いつも話題を提供出来ていない気はするけれど、結局今回も岩崎さんが先に口を開くまで、私は脳内に広がっている話題の畑を引っこ抜いては捨て、引っこ抜いては捨てを繰り返しただけだった。
「……あのさ」
「……な、何?」
話題を振るためにフル回転させていた頭を、急に飛び出してきた言葉が掠めたから、私は一瞬体が場外へ飛んでいきそうな感覚に襲われて、すぐに意識を引き戻した。
「あ、ほら、準の胸のパッドってさ。もう外れなくなったの?」
「え? あ……うん、そうだね」
一瞬何のことか分からなくて、疑問符が脳内の畑に生えてきたけれど、これも引っこ抜いておく。
「てか、これって何処に売ってるの? 通販とか?」
「あ、いや、えっと……親に、買ってもらったというか」
「ふーん? お母さんに?」
疑う視線を向けてくる岩崎さん。
「う、うん。だから、何処に売ってたのかとかはよく知らない」
あはは……と苦笑いした私が再び黙ると、岩崎さんも黙ってしまって、またお風呂の中には沈黙が満ちる。
ただ、毎回岩崎さんにネタを提供してもらうのも申し訳ないから、私も何か……。
でも、どうしてもそうなるとあの話題しか出てこない。
「朝は、色々とごめんなさい」
私がそう言って頭を下げると、岩崎さんは首を横に振った。
「ううん、むしろこっちこそありがと。でも、ナイスタイミングに出てきたよね」
「え、あ……ま、まあそうだね」
本当は、陰からこっそり様子を見ていたと言ったら、幻滅するかな、なんて少しだけ罪悪感に駆られていたら、
「……なんてね。本当はもっと前から見てたんでしょ?」
と岩崎さんが笑った。
「う、うえぇ!?」
予想していなかった反応に、私は思わず素っ頓狂と表現するのも烏滸がましいくらいに、妙な声を上げてしまった。
「準が帰ってからさ、店長さんが監視カメラの映像見てたら、結構前から準が入ってきてるの見つけたって」
「え……」
「で、しばらくしたら一旦出ていくのが見えて、帰ったのかなと思ったらまた入ってきたって。私も見せてもらった」
今度の沈黙は、話題に困ったとかいうのではなく、羞恥に悶える沈黙。
い、いや、確かに監視カメラがあるのは分かっていたし、その上で岩崎さんがあんなことになっていたから、大袈裟にあんなことをしたのは確かだけれど!
改めて「見てたよ」って言われると恥ずかしい!
そして、更に追い打ちするように、目の前で岩崎さんが笑う。
「あのときの準の白々しさったら……」
「うう……」
火が出そうな顔を両手で隠していたら、その両手首を優しく握られた。
「ありがとう」
岩崎さんは、もう1度言った。
「本当に、ありがとう。あのときは本当に怖くて、どうしようって思ってたところだったから、来てくれて嬉しかった。何ていうか……ちょっとヒーロー感あったよね」
私が顔を隠すのをやめると、あははと笑いながら、人差し指で鼻を掻くような仕草をしながら、私を見る岩崎さんの顔があった。
「でも、結構迷惑掛けて……」
「ううん。店長も言ってたみたいに、手を焼いてた2人だからね。むしろ助かった方だよ。ちなみに、仲の良いパートのおばちゃんが居るんだけど、そのおばちゃんに今日のこと話したら、準のこと結構気に入ったみたい」
「あはは……」
「ねえ、準」
岩崎さんが、真顔で私を見る。
だから、思わず私も背筋を伸ばして、
「は、はい」
と改まった声を出してしまった。




