第13時限目 血縁のお時間 その23
「ただいま」
「おかえりー」
「お、おかえりなさいっ」
岩崎家に戻ってくると、小走りに片淵さんが、続いて正木さんが心配そうな表情で迎えてくれた。
岩崎さんにスマホを渡したらすぐに帰る予定だったのにも関わらず、なかなか私が帰ってこなかったのが原因で、私がお店を出た後にスマホを確認したら、不在着信とコミューのメッセージ連射が正木さんと片淵さんから来ていた。
一応、寝ぼけ眼の光一くんに言伝を頼んでおいたとはいえ、ちゃんと伝えてくれたかどうか以前に、すぐに帰ってきてないのだから、心配されて当然。
……いや、心配してくれてありがとう、かな。
とにかく、私はその場で2人に『ごめん、事情は帰ってから話すよ』とコミューで返信をして、可及的速やかに岩崎さんの家に戻ってきた。
「なんか大変だったっぽいねー?」
細かい事情は説明していないけれど、おそらく私のコミューでの返信で何かしら察してくれたと思う片淵さんが、そんな労いの言葉を掛けてくれるから、
「うん。まあ、色々とあってね」
と苦笑した。
どこまで表情に出ていたのかは分からないけれど、
「とっ、とりあえず、玄関で話すのも何ですから、リビングにどうぞ! 飲み物、準備しますねっ」
と正木さんが慌ててリビングに戻っていったから、もしかするとまた酷い顔になっていたのかも。
「あ、おかえりー」
「おかえり」
リビングに入ると、ソファで総一くんと光一くんがテレビを向いていたから、また朝からゲームしてるのかな? と思ったけれど、どうやら戦隊モノを見ているみたい。
そういえば、日曜日の朝にやっているらしいと聞いたことはあるし、小さい頃……小学生とかの頃は見ていたことがあったような気はする。
全然、内容は覚えていないけれど。
2人の少年たちが朝の挨拶をしてくれたから、私も、
「ただいま」
と笑顔で返す。
うん、やっぱり素直なことは良いことだよね。
「それで、聞いてもいい感じのやつ? それとも聞かない方が?」
食卓で私の向かいに座った片淵さんは、正木さんが置いてくれたジュースで、私が喉を潤したのを確認してから尋ねた。
「うーん……」
帰ったら事情は話すと言った手前、何も言わないわけにはいかないけれど、良く考えれば岩崎さんのあの話を明け透けに話すのも少し考えものだと思う。
だから、私は言える範囲で言うことにした。
「岩崎さんがお店の他のバイトの子とちょっと喧嘩しちゃったみたいで。その仲裁に時間が掛かったっていうか」
当たらずといえども遠からず、という説明をした私に片淵さんが、
「そっか、大変だったねー」
と返した。
多分、字面だけなぞれば、片淵さんの言葉は興味なさそうに読み取れるだろうけれど、向かいで私を見る片淵さんは、細かい説明を出来ずに困っている私の心を読み取った上での優しい目をしていた。
多分、片淵さん本人もお母さんの件もあったから、全部を話すことは出来ないという気持ちを汲み取ってくれているのだろう。
「なかなか戻られないので、事故に巻き込まれたのかとハラハラしました……」
正木さんは正木さんで、あわあわとしていたのがようやくほっと一息出来たからか、隣で麦茶をごくごくと飲み干してからそう言った。
「ごめんなさい」
「いえ、本当に、無事で良かったです」
根掘り葉掘り聞かない正木さんの破顔と、
「ホントにねー」
片淵さんの微笑みに感謝したところで、ぐぅと小さく私のお腹が鳴った。
「そういえば、まだ朝ごはん食べてなかったのかねー?」
片淵さんの言葉に「そ、そうだね」と声を出すよりも早く、お腹の虫が鳴くから、尋ねた片淵さんも、見ていた正木さんも、岩崎さんの弟くんたちも笑う。
……これは、ものすっごく恥ずかしい!
「んじゃ、準備しよっかねー」
「あ、私も手伝います」
ぱたぱたとスリッパの音を立てて、正木さんと片淵さんが台所に向かう。
私も準備を手伝おうと思って立ち上がると、
「あー、準にゃんは良いから良いから。座っててー」
片淵さんに止められてしまって、悪い気はしながらも席に座り直す。
「あの、それで……真帆はそのままバイト続けてるんでしょうか?」
台所から、正木さんの声が聞こえてくる。
「あ、はい。とりあえず喧嘩は収まったので、当初の予定通り、昼までバイトしてから戻ってくるみたいです」
「そうですか。真帆、無理しちゃうタイプだから、少し心配ですね……」
やっぱり、正木さんは岩崎さんのこと、良く分かっていると思う。
「ええ。本当は店長さんから、今日はもう帰っても良いと言われてて、ちょっと疲れている様子ではあったんですが、15分だけ休憩してからバイトに参加します! って言い張ってました」
「やっぱり」
苦笑する正木さんと、
「まー、真帆ちんは引かないときは引かないからねー。そこが良いところでもあるけど、たまーに心配になっちゃうなー」
同じく苦笑の片淵さん。
「本当は連れて帰った方が良かったのかもしれないですけど、岩崎さん的は負けられない! みたいな気持ちがあったのかもしれないですね。なので、お昼ごはんは美味しいご飯を作って待ってましょう」
「おー、頑張るよー!」
「おー」
私の言葉に、2人が拳を上げて答えてくれた。




