第13時限目 血縁のお時間 その18
3人の話からすると、どうやら岩崎さんの目の前に居る2人が何かやらかしたのだろうけれど、まだ話がよく見えない。
「制服が無くなったってのはカワイソーだけどさあ、あたしらがやったって証拠はないんでしょ?」
「あたしがここに来たときには、貴女達2人しか居なかったじゃない」
「それだけ? それだけであたしらが怪しいって何言ってんの?」
バカにしたような呆れ顔で言う沢桐とかいう女子生徒の表情に、ぴくりとこめかみ辺りの血管が膨張しそうだったけれど、まだ待とう……岩崎さんの勘違いという可能性も十分にある。
そしてなにより、私は部外者。
そもそも、ここに入ってきちゃダメな立場の人間だから、岩崎さんのためにとはいえ、考えなしに大手を振って乱入することはできないし、うーん……。
というか、今さらながら気づいたけれど、私が3人を覗き見るために隠れている、事務所の扉の陰は死角になっているけれど、よく見たら通路に監視カメラが設置してあるのが見える。
……あれ、ってことはもしかしてさっき私が入ってきたの、ばっちりバレてる?
い、いや、別に私は悪戯しようとしているわけではなく、ただ岩崎さんに携帯を渡すミッションを果たすために来ただけであって……うん?
だったらむしろ、さっさとあの中に飛び込んで、岩崎さんに携帯を渡すというのが1番正しい行動なのでは?
いや、でもそうなると……。
まだ自分の悪い癖が脳内で言い訳を考えていると、目の前で展開が進む。
「だよねー。基本、皆ロッカー鍵掛けてないし、昨日の内にだったら、誰でも触れられたでしょ。岩崎さん、昨日先に帰ったしー」
「……」
岩崎さんは黙っている。
「しかし、タイミング悪いよねー。テンチョーが本社? 本店? に呼ばれて居ないから、替えの制服も無いしさー」
「あっても何処にあるか分かんないしねー」
下品にけらけら笑う2人。
まあ、今までの会話で大方状況は理解できた。
おそらく、自分の制服が無いことに気づいた岩崎さんが、あの2人を問い詰めたら白を切ったという話だろう。
確かに、岩崎さんはそこそこ前に出ていったはずなのに、まだ制服に着替えていない。
で、岩崎さん自身、ほぼこの2人がクロだと考えているのだろうけれど、決定的な証拠があるわけではないから、追い詰めかねているという感じかな。
探偵ごっこをするつもりも無いけれど、何にせよ私はさっさとやることを済ませて帰りたい。
岩崎さんには悪いけれど、ここに居ると、ひとまず深呼吸と坂本式精神沈着法、つまり左手の甲を抓って落ち着く方法を試しているから、なんとか飛び出さずに見ていられるけれど、そうでもしないと最近自覚したばかりの喧嘩っ早さで間に割って入りそうだからね。
というか、他の人たちは居ないんだろうか。
この3人だけでお店を切り盛りする、というのは、申し訳ないけれどどう考えても無理だし……と思ったら、お店の中の方で既に仕事を始めている人たちがちらほら。
結構な人が居るのに、皆も見て見ぬ振り?
なんというか、この前の様子からして、少なくとも沢桐という女子の方は、普段からああいう横柄な態度や迷惑を掛けているのだろうから、ほとんどの人間が出来るだけ関わりたくないと思っているのかもしれないけれど、かといってこの状況を皆で放置しておくなんて、と思う。
「ってかさあ? 勝手に犯人扱いされて不快なんだけど?」
「そうそう」
ぐっと、岩崎さんの胸元を掴んで引き上げる沢桐という女子と、囃し立てる、未だ名前の分からない女子。
ギロリと睨まれた岩崎さんは、視線を逸らしながら、少し震えた。
……よし、ここは私が一肌脱ごう。
もしかすると、私が今隠れている傍に置いてある『これ』を使えば、上手くいくかもしれないし、それ以上に、このまま左の手の甲をいじめ抜くと痕になるかもしれないし。
監視装置に挙動不審な女子に見える男子が映っていても、それはそれでもう仕方がない、と割り切って、私は一旦建物の入り口に戻り、出来るだけ音がしないように扉を閉めた。
それから勢いよく扉を開け、
「あれー? 岩崎さーん?」
と敢えて大声を出して早足で歩きながら、事務所のある部屋に辿り着くと、
「あ、岩崎さん、居た居た」
状況が掴めていないらしい迷惑女子の腕から岩崎さんを取り返し、
「また忘れてたよ、スマホ」
とにっこり笑って私はスカートのポケットから、岩崎さんのスマホを手渡し、両手で岩崎さんの手を包んだ。
受け取った岩崎さんも、まだ状況が飲み込めていないのか、
「あ、うん、ありが……あれ? 小山さ……準?」
思わず、前みたいに私を名字で呼ぼうとしていた。
……そういえば、私は未だに皆の名前、名字でばかり呼んでるなあ、下の名前で呼んでるのはみゃーちゃんと繭ちゃんくらい? なんて、一見冷静な考察をしているように見えて、実にどうでもいい情報の深堀りをしている辺り、多分テンションがおかしいんだろうと、本当の意味で冷静な私が遠くから見守っているところに、ようやく我に返ったらしい沢桐という女子が、
「ちょ、ちょっと、何してんの? ここは関係者以外、立ち入り禁止なんだけど」
と腕を掴んできた。
「あ、そうなの? ごめんごめん」
私はそう笑顔で雑な言葉を放った後、
「あれ? ……岩崎さん、結構早い時間に出ていったのに、まだ着替えてなかったの?」
と大袈裟に言ってみる。
……こっそり見ていて知っているのだから、知らないわけがないし、我ながら酷いことを言っていると思う。
でも、これが最終的には岩崎さんを助けるためになると信じて、私はピエロを演じる。




