第13時限目 血縁のお時間 その16
「いや、別に友達というわけでは……」
友達扱いされたことに対し、不満を見せる私の態度に、
「こいつ、何か他の学校の娘に怪我させた上、その女の子と友達を酷い目に遭わせようとしたみたいで、ご両親に勘当され掛かったらしくてねえ。私が面倒見てやるから、しばらくはここでバイトさせてるんですわ」
そう言った女性に、
「あはは……その酷い目に遭わされたのが私です」
と私が答えると、作業服姿の女性は目をぱちくりさせて、
「……? なんでえ、そういうことかい? じゃああれか、今から喧嘩でもするかい? お嬢さんの方が随分強そうだから、喧嘩にもならなさそうだけどねえ」
と意地悪な笑顔を見せた。
そんなに好戦的に見える……のかな?
「いやいや、しませんよ」
こんなところで喧嘩したくないし、そもそもこの白ギャルとはもう関わりたくないというのが素直なところだから、私としてはさっさと迂回したいところなのだけれど、何故私を制止したのかくらいは確認したい。
「……ハルは?」
「え?」
「ハルは元気してんの?」
作業服姿の美白ギャルがぶっきらぼうに言う”ハル”という言葉に、しばらく首を捻っていたけれど、記憶を辿って“ハル”が晴海、つまり中居さんのことだと気づいた。
それと同時に、この白ギャルがゆかみー……ゆかぴー? とかいう名前だったはず、という不確定な記憶が呼び起された。
「ああ、中居さんなら元気だよ」
「あっそ」
素っ気ない態度とは裏腹に、まだちらちらとこちらを見て、何か反応を待っている様子。
……はあ、もう関わりたくはないし、あまり時間は無いのだけれど。
「すみません、10分くらい彼女、借りていいですか?」
「ん? うーん……」
突然の、私からの申し出にしばらく悩んだ作業服の女性は、
「喧嘩するなら、私がちゃんと見届けたいんだけどねえ」
と白い歯を見せて笑うから、
「いえ、喧嘩ではないです」
と私は再び訂正する。
「はっはっは、冗談さ。まあいいよ。あまり遅くならない程度にね」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、私はゆかぴーに向き直り、
「……そこの公園で」
と手短に言うと、ゆかぴーも何も言わずに首だけ縦に振った。
すぐ傍にあった公園は比較的早い時間だからか、特に利用者は居ないようだった。
ということは多分、話したいことは全て話せる、はず。
私はベンチに腰掛けて、隣を勧めたけれど、ゆかぴーは立ったまま首を横に振った。
「……それで、他に何か?」
「……」
何か言いたいことがあるのは間違いないのだけれど、かといって言う勇気もないみたい。
なので、私が思いつく内容を先んじて言う。
「ああ、あの動画ならまだ消してないよ。大隅さんのお姉さん……美歌さんに、定期的に確認されてるから」
「別に、それはどうでもいいわよ……」
黙秘を貫くと思いきや、割とすぐに反応があって、少しだけ私は面食らった。
あれ、じゃあ一体?
まだしばらく口を閉じていたゆかぴーは、ようやく踏ん切りがついたのか、ようやく口を開いた。
「ハルは……あたしらのこと、何か言ってた?」
「中居さん? 別に、最近は何も」
「………………そう」
特大の沈黙の後、やっぱり素っ気なく答えたゆかぴーに、私は続けて答えた。
「でも、2人を責めるようなことは言ってなかったし、むしろ許してあげてほしいみたいなことも言ってたっけ」
まあ、中居さんがそう言ったときはもう1人……えーっと、ぱるにゃん? も居た気はするけれど、多分覚えていないだろうから一応言っておく。
「優しいよね、中居さん」
私の言葉に、また沈黙したのだけれど、
「…………ふぅ、そう」
大きめの沈黙と、溜息。
「なら、いいわ」
吹っ切れたように言って、作業現場に戻っていく。
このゆかぴーとかいう女子を、私は許す気はないし、中居さんにはもう近づけたくないと思うけれど、さっきの作業服の女性の話からすると、少なくともご両親はこんなに捻くれた人ではないみたい。
殴られたことは、本来警察に届けるべきのような気はするけれど、特に異常はなかったし、その代償はちゃんと支払ってもらった……というか強制的に、美歌さんの立ち会いの下で支払い済であるから、それ以上はとやかく言うつもりもない。
……あ、べ、別に動画を個人で再生とか、してないからね!
ゆかぴーとやらが仕事に戻っていくから、私ももうやることは済んだし、迂回していけば良いのだけれど、一応さっきの女性に挨拶だけはしておこうと思って、さっきの通行止めまで戻った。
「ん? 喧嘩の跡がないようだが?」
「だから、喧嘩してませんって」
私が苦笑いすると、再び闊達な雰囲気を醸し出している女性は、
「まあ、冗談さ。とりあえず、ちったあマシな表情になったから、連れて行って良かったんだろうね」
そう言った現場の女性は、ゆかぴーの頭を雑に撫でてから言った。




