第13時限目 血縁のお時間 その13
岩崎さんとお醤油購入、ケーキの受け取りをしてから、帰途に就く。
「今日も疲れたー」
「お疲れ様」
岩崎さんのへろへろな声に、労いの言葉を掛ける私。
「ホントさー、口ばっかりで面倒なのが結構居るんだよね」
岩崎さんの言葉に、私はたまにやってしまう「あー……」という反応の後に「アレね」と続けると、
「ん、アレ? ……ああ、でもアレだけじゃなくて」
と岩崎さんが、私の言わんとしたことを理解してくれたみたい。
そう、ほぼ“アレ”で定着した、えーっと……名前も覚える気が無かったから忘れていたけれど、沢桐? とかいう名前の人。
「もう1人居るよね」
「え、何で分かるの?」
「あ、うん。前に、岩崎さんがバイトしてるところに遊びにいったとき、無駄口が色々聞こえてね」
ちなみにもう1人の顔は分からないけれど、星野さん相手にやらかした、あの2人のどちらかである可能性は十分にある。
むしろ、そうだった方がまだマシかなとも思うくらい。
あれだけ性格の悪い人間が、そうそう沢山居るなんて考えたくないし。
「確かに、あたしは後から入った割に、店長にはかなり可愛がってもらってる気はするから、そういうのも分かんないわけではないんだけどさ。そもそも口ばっかりで仕事しないから……って愚痴ばかりになったらいかんね」
ん! と自ら口を噤んだ岩崎さんが、すぐに口を開いた。
「そうだ、準ってさ。バイトしないの?」
「バイト?」
「うん。何か欲しいものとかあるからお金が欲しいとかさ」
「うーん……そういうのはあまり無いなあ」
こちらに引っ越してからは、お小遣いは両親が作ってくれた私個人の口座にお金を入れておくから勝手に使って、という形になっている。
一般的な高校生が貰う金額がどれくらいかは知らないけれど、少なくとも私の物欲の範囲には十分収まるレベルでは貰っているから、あまりバイトの必要性は感じていない。
「そっかあ。準だったら、結構色々働いてくれそうだから、あたしが楽出来そうなんだけど」
「本音はそっちね」
私がジト目で岩崎さんを見ると、
「あっはっは。まあ、それは半分くらい本気だけど、実際忙しいときの人手が足りてないんだよね。でもほら、他の2人を呼ぶわけにもいかないっしょ?」
と笑いながら答えた。
「んー……」
正木さんの、今日の岩崎家で調理している様子を見る限り、少なくとも厨房側を任せるわけにはいかないというのは頷けるし、かといってホールできびきび動くタイプかというと、こちらも疑問符が。
片淵さんは比較的、どちらもこなせそうな気はするけれど、どちらかというと家庭の事情でノーという答えが返ってきそう。
「まあ、言いたいことは分かるけど、他の友だちとかは?」
「もちろん、声を掛けたこともあるけど、結構みんな別のバイトしてるからねえ」
「そうなんだ」
確かに、遊ぶお金欲しさ……というと何だか悪い意味にしか聞こえないけれど、欲しい物を買うのに自分で稼ぐ、というのは間違いではないと思うし、むしろ褒められて然るべきだと思う。
ただ、バイトばかりに集中して学業が疎かになってしまっては駄目だと思うけれど。
「あたしの場合は、バイトしないとお小遣い足りないしさ」
「漫画買うから?」
「それもあるんだけど、どっちかというとゲームがねえ。古いゲーム機って言っても、最新のゲーム機が出たばっかりって、1代前のゲーム機でも同じソフトが出たりするんだよね。で、新しいゲーム出たばっかりだと弟と取り合いになるからさ、そういうときはその1代前のゲーム機用を自分で買ってきたりする訳」
「そっか。それなら確かにお金必要になるね」
「そうそう。まあ、その話は置いといて……別に何かを買いたいと思わなくても、バイトに参加してくれると嬉しいんだけどねえ。忙しい時だけでもいいからさ」
「うーん、まあ考えておくね」
「あ、コレ絶対に行かないパターンだ」
私たちに笑顔が咲いたタイミングで岩崎家玄関が見えてきて、岩崎さんが元気よく扉を開けた。
「ただいまー」
「おかえりー」
ひょこっと顔を出したのは片淵さん。
「あ、おかえりなさい。遅いから、ちょっと心配しました」
ちょっとそわそわ気味の正木さんも姿を見せた。
一方で、
「ねーちゃんたちおかえりー」
「お姉ちゃん、おかえり」
と弟くん2人は十分食欲を満たしてしまったからか、ゲームを始めていて、少しも私たちを気にしていた様子はない。
両極端だなあ。
「結構遅かったねー。何かあった?」
片淵さんの言葉に、
「特には。お醤油買うのにスーパーまで行ってきたから、ちょっと遅くなっちゃっただけだよ」
と手元の荷物を見せて答える私。
……正直なところ、あの話をするとまた腹立たしさが喉元を通って、再び脳へたどり着きそうなので、情報が入っている袋の口は閉めておく。




