第13時限目 血縁のお時間 その5
「漫画って面白いのかな?」
私が正木さんに尋ねると、
「私も母が持っていた女性向け漫画を読んだことがあるくらいで詳しくはないですが、面白いものはドラマ化とかもされていますし、人気の漫画は面白いですよ」
と答えてくれた。
「何、準って漫画読まないの?」
コップを片付けて戻ってきた岩崎さんが疑問符を投げてきたので、それを受け止めた。
「うん。まあ」
「てか、ホント準って基本的な娯楽、ほとんどやってないっぽい気がするんだけど。ボウリングとかもそうだったけどさ」
「言われてみると……」
つくづく、昔の自分が変わり者だったことを痛感している。
「あ、でも漫画は読んでない子も居ましたし、別におかしくないですよ?」
慌てて正木さんがフォローしてくれる。
「まあ、紀子は少女漫画派だし……都紀子は?」
「ん? あー、アタシも基本的にピアノばっかりだったからねー。あんまり娯楽らしい娯楽はやってないかも」
片淵さんのいつもの笑顔もやや空元気。
ああ、うん……片淵さんも色々大変だったしね。
「あれ? もしかして、少年漫画読む方が珍しい……?」
岩崎さんが意外と自分の方が特殊環境というか特殊パターンだったかもしれない事実に困惑し始めたけれど、私は笑って言った。
「珍しいというか、単純に弟さんしか居ないから、どうしても男の子っぽい遊びばかりしてしまうんじゃないかな?」
「あー、やっぱりそうかなあ。そういや、外で弟と野球とかサッカーは良くやったけど、おままごととか人形遊びとかはした覚え無いなあ」
「あはは、凄いね」
私も変わっていると思うけれど、岩崎さんも少し一般的な女の子と違う気がする。
ただ、まあ一般的な女の子とは? ということを突き詰めて考えると、何を一般と言うべきかは分から――
「準にゃん、どったの?」
またどうでも良い哲学めいた思想に囚われ始めたところで、片淵さんが私を現実に引き戻してくれた、ありがとう。
「あ、ううん。今まで勉強以外、あまりやってこなかったのがもったいなかったなって」
「おばあちゃんみたいなこと言ってないで、もっと前向きに考えればいいじゃん。あたしたち花の女子高生だよ?」
「そうそう。まだまだ遊べるよねー」
腕を組んでうんうんと頷く岩崎さんの言葉に、片淵さんが便乗した。
「と言っても、進学があるからのんびりもしてられないよ?」
「ゔっ……準、事実を突きつけるのやめて」
心に重症を負った岩崎さんを片淵さんが慰めるように頭を撫でたけれど、岩崎さんはすぐに復活し、
「まーそれはそれとして、まだ時間あるからあたしの部屋でも行く? あ、折角だからさ、皆も漫画読んでみなよ。オススメあるからさ」
岩崎さんの言葉に、うんと私たちが頷いた後、何気なくさっき漫画雑誌を読んでいた光一くんを見ると、今度は何かノートに向かってシャーペンを走らせていた。
「あれ? 光一、もう漫画読み終わったの?」
岩崎さんの言葉に、うんと小さく頷く光一くん。
「で、今は宿題中か。あんたはお兄ちゃんと違って真面目ねえ。どれどれ……」
光一くんの宿題を覗き込む岩崎さん。
「平行四辺形の面積? こことここをぶっちぎって三角形2つと四角に分けて計算するやつだったっけ。簡単じゃん」
岩崎さんが勝ち誇ったように言うのだけれど、いやまずそもそも小学生の問題だからね? という話もあるのだけれど、
「あの、岩崎さん。平行四辺形は底辺と高さを掛ければ出るよ?」
と思わず突っ込んだ。
「……あれ? そうだっけ?」
目をまんまるにして岩崎さんが首を傾げた。
これが、来年大学受験生……? と思ったけれど、
「うん。今、光一くんが岩崎さん……あ、真帆お姉ちゃんが言った通りに分けた右端の三角形を、逆の三角形の部分にぴったり当てはまるよね」
「……ホントだ」
光一くんが、左右の三角形をくっつけてから言った。
「だから、平行四辺形の面積は底辺と高さで出るんだよ」
私がそうにっこり笑うと、
「……ちょっと準」
と岩崎さんが私をじっと見てきた。
「あ、えっと、何……?」
あ、もしかして、弟くんの前でお姉ちゃんの答えを訂正して「違うよ」なんて言ったから?
でも、間違っていたことはちゃんと間違ってるというべきだと思うけれど……それでもやっぱり謝るべきかなと葛藤していたら、両肩を岩崎さんにがっちり掴まれた。
「準にしか出来ないことがあったわ。うちの弟たちの勉強の面倒見てあげて。あたしじゃ無理」
「え、あ、うん……勉強見るのはいいけど」
前に岩崎さんたちと勉強会したときの反省があるから、もう少し上手に教えられるかもしれないとは思うけれど、なんと言っても小学生とか中学生の問題なら岩崎さんでも問題ない気が。
「案外、漢字ドリルとか算数のさっきの面積求めるやつとか、今更だけどやってみると意外と難しい問題とかもあるんだよね」
あははー、って笑っているけれど、岩崎さんそれは笑い事じゃないよ? と思わず喉元まで出掛かったのを飲み込んだ。
いや、もちろんそういう問題が全く無いとは言わないけれど。
「光一はそんなに悪くないんだけどさ、特に総一がヤバくてさ……。学校でも下から数えた方が絶対早いレベルだから。全く、誰に似たんだか」
それは岩崎さんもあまり人のこと……うん、やめておこうかな。
「光一、あたしがバイト行ってる間に、準お姉ちゃんに勉強教えてもらいなさい」
「……」
うん、とは言わなかったけれど、光一くんは首だけ縦に振った。




