第2時限目 お友達のお時間 その15
「おっしゃー! 小山さん、勝つぞー!」
「お、おー?」
「声が小さーい! 勝つぞー!」
「お、おー!」
岩崎さんのノリに合わせて拳を振り上げるのを、青汁混じりの牛乳でも飲んだみたいな表情の正木さんとお腹抱えて大笑いしながらスマホでパシャパシャ写真を撮る片淵さんに見られながら私は冷や汗をかく。というか正木さんと片淵さん以外にも遊びに来た大学生グループとかおば様方に見られているのが恥ずかしい。
グーとパーでグループ分けした結果、岩崎さんとチームを組むことになった。どうやらチーム戦みたい。
「さあ、始球式はどっちがやる? あ、こっちはもちろん小山さんだからね!」
「えっ」
ボーリングをほとんどやったことない人間に始球式……でも野球もプロじゃない人がやることが多いし、そういうものなのかな?
「もちろんでしょ! ほらほら、ボール持って! っていうか本当に10とかで大丈夫? 重くない?」
「あ、はい。それは大丈夫です」
本当は13と書いてあるボールでも問題無かったのだけど、他の3人がボールを選んでいる時に7とか8とかを選んでいたから、あまり重いのを持てますアピールはまずいかなと思って10にしておいた。指を入れる穴は第1関節までは何とか入ったけれど、これで本当に投げられるのかな。
「んじゃあ僭越ながら、アタシが行こうかねー、んっふっふ」
自信満々の片淵さんがピンの前に立ったから、私も慌ててシューズに履き替えて並ぶ。
「あ、確認しとくけど、最初の1ゲームは練習。で、次のゲームで勝ったチームが負けたチームにジュース1本だからね!」
「おっけー、まっかせなさい」
隣で胸を張って、ツインテールのクラスメイトがボールを不敵な笑顔で構える。それに倣って私も胸を張って立ち、左手でボールを支えながら右手の指をボールの穴に差し込むんだのを再度確認する。やっぱりちょっと指がしっかり入らなくて不安定。ちょっと心配だなあ。
「……なーんか後ろから見てるとお母さんと娘っていうか、お父さんと娘みたいだね」
「お父さんは言い過ぎだけど……確かに凄い身長差だね」
「にっはっは、そうかねー? らしいですよ、小山パパ」
「ははは……」
やっぱり私の身長、目立つのかな。
「まあいいや。んじゃあスタート!」
岩崎さんの声と共に、片淵さんが歩き出してボールを転がす。放たれたボールはレーン上のほぼ中央を通り、スパーンッ! と全てのピンを吹き飛ばしていった。
「いえーい、ストラーイクっ!」
席に戻る片淵さんが正木さんと両手でハイタッチする。何か楽しそう、いいなあ。
「都紀子は上手いから気にしない気にしない。さあ、最初は練習だから気張らずにいこー!」
私は再度気を取り直して、ボールを持って1歩前に踏み出し、そこで止まる。
「……小山さん?」
少し呆れ声の岩崎さんの声に、私は汗を吹き出させながら、古びて錆びかけた大時計の針みたいにスムーズとは到底言いがたい動きで上半身を回転させた。
「え、ええっと……どうやって投げるの?」
「や、普通にステップして、普通に投げればいいんだよ?」
「普通、普通にステップ……」
再度元に戻って、数歩歩いてボールを勢い良く後ろに振り上げた瞬間に、ボールの遠心力でひっくり返りそうになり、何とか踏みとどまった。ぼ、ボールを後ろに吹き飛ばさなくて良かった……。
そして再度私は振り返り、素直に心に従って首を傾げた。
「普通……?」
「……マジでそこからなんだ、小山さん」
苦笑いの岩崎さん。ごめんなさい、そこからです。
「あ、えっと……」
その様子を見兼ねたのか、正木さんが椅子から立ち上がって、自分のボールを持って私に並ぶ。
「小山さん、見ててください。こんな感じでボールを持ってですね」
「は、はい」
キリッとピンをしっかり見て、ボールを構える正木さん。お、おお、何か凄そう。
「大体4歩くらいで歩ける位置に居ると良いと思います。ボールを投げるときは、右利きの場合は左足を前に出したときにボールを投げると良いですよ」
「なるほど」
「やってみますね」
そう言って正木さんが歩き出し、ボールを振り上げる。なるほど、3歩目くらいで腕を後ろに上げれば良いんだ。
……と思ったのもつかの間。ボールを下げた正木さんの体がぐらりとピンに向かって体が倒れた。まるで釣り針に引っかかった魚みたいに、ボールの勢いで正木さんが引っ張られたみたいだった。
そうしたらどうなるか、なんてことはもう自明の理で。
べしこーん! という凄い音と共に正木さんはボールをしっかり指に嵌めたまま、床に突っ伏した。あ、今顔から……?
「ま、正木さーん!?」
「い、イタタ……」
のそのそと立ち上がり、足が少し震えていたせいで生まれたての子鹿のように見えた正木さんを、私は手に持っていたボールをボールリターンに置いて駆け寄る。
「なっはっは。紀子ちん、盛大にコケたねえ」
「紀子、運動神経悪いのに張り切るから。全く……大丈夫?」
岩崎さんと片淵さんも寄ってくる。
「うう……痛ひ……」
「け、怪我はしてないですか?」
正木さんの顔とか腕、足を確認するけれど、膝とおでこが少し赤くなっている以外はどうやら大丈夫みたい。
「み、見ないでください!」
恥ずかしさのあまり、その場にボールを転がして両手で顔を隠す正木さん。ああ、でも何となく正木さんはそういうキャラのような気がしてました、と言ったら怒られるかな。
「で、でも失敗しましたが、こ、こんな感じで投げればいいです!」
言いながら、正木さんはボールリターンに足元のボールを置いてから椅子に戻って、また顔を覆った。
「あ、ありがとうございます、正木さん」
よ、よし。じゃあ投げてみよう。
「コケるのは真似しなくていいからねー」
「もう! 真帆!」
茶化す岩崎さんの肩を立ち上がってぽこぽこ叩く正木さんに集中力を乱されながらも、体を張って正木さんが教えてくれたんだからと、ボールを構え、4歩目でボールを投げた。
……投げたのだけれどね?
ちょっとボールがね?
あの、軽すぎたんですよ、きっと。
私が投げたボールは手から離れた瞬間にピンに向かわず隣、つまり正木さんたちが居るレーンの方に真っ直ぐに吹き飛び、端にあるガターへ一直線、そのままピンに触れること無く一番奥の闇に消えた。
私を含め、4人とも呆然。
ようやく最初に幽体離脱した意識が戻ってきた岩崎さんが一言。
「よし! 今日は勝負はやめ! 紀子と小山さんの特訓だ!」
「勝負になりそうにないからねえ、にゃっはっは」
「「……お願いします」」
私と正木さんは互いに苦笑しながら、とりあえずピンは倒してないけれど両手ハイタッチをした。




