第13時限目 血縁のお時間 その3
「お昼の仕込みまでしてるんだ、凄いね」
「ちょっと早めのお昼ご飯食べたらすぐに出なきゃいけないから、あまり時間掛けてられないしねえ」
「はあ……なるほど」
なんというか、凄くお母さんっぽい。
そう言いつつも、私の場合は中学では寮だったからお母さんと一緒に住んでいないし、高校のときは家に戻ったけれど、勉強にばかり集中していた上に、お母さんも忙しくて帰ってくるのが遅かったから、あまり料理を作っているところを見た覚えがないから比較対象にはならないけれど、なんとはなしに“お母さん”らしさを感じた。
同じように、寮をほぼ1人で切り盛りしている益田さんにもお母さん風味を感じても良い気はするけれど、益田さんに感じなかったのは……まあ十中八九、第一印象のせいだよね。
何はともあれ、お母さんっぽいの定義が本当に合ってるのか良く分からないけれど、少なくとも岩崎さんが結婚したら、凄く良いお母さんになるんだろうなと想像出来た。
「もうちょっとで終わるから……あ、お菓子食べる?」
テキパキと仕事を進めながら、私たちにも気を使って、お菓子を積んだ籠を持ってくる。
何か既視感が……そうだ、何か見覚えあると思ったんだけれど、これってあれだ、某ファミレスでのバイト中と全く同じ様子なんだ。
バイトで慣れたから家でもこうなのか、元々弟さんを面倒見ているからあれだけテキパキ働けるのか、卵と鶏の議論じゃないけれど、何にせよ適材適所というのはこのことだなあ。
……でも、ちょっと働きすぎじゃないかなと思わないでもない。
自分の家なのだから、少しくらい肩の力を抜いたって良い気がする。
もちろん、外野だから勝手なことが言えるのかもしれないけれど、このままだと体を壊しそうで少しだけ不安。
「どうしたんですか?」
私がいつものように考え込んでいると、隣の正木さんが尋ねてきたから、私は、
「ううん、なんでもないですよ」
と首を横に振ってから、オレンジジュースを吸い上げた。
よし、ならば今日は、単なる岩崎さんの弟さんたちを面倒見るだけではなくて、色々家の中の手伝いをしよう!
……と、最初は意気込んでいたのだけれど、岩崎さんの家事スキルは尋常じゃなかった。
ジュースをずずずっと飲み干して、さあ頑張るぞと思い立ったのだけれど、岩崎さんに何か手伝うよと言っても「あー、お風呂場の掃除は終わったし……洗濯も干すところまで終わっちゃったからなー。うーん……」と既にほとんどの仕事を済ませてしまった様子。
「あー、そういえば弟2人の部屋の片付けがねー……」
「ねーちゃん! 勝手に部屋に入るなって言ってるだろ!」
総一くんと呼ばれた子が、岩崎さんの言葉に腹を立てる。
「あんた、いつも読んだ漫画出しっぱなしにしてるでしょ。いつまで経っても片付けないんだから、あたしが入って片付けるしかないじゃん」
「あれはあれでいいの!」
やや微笑ましい姉弟喧嘩が始まったから、私が少しだけ距離を取って様子を見ていると、
「……」
後方から妙な視線を感じた。
視線の方を向くと、離れたところからこちらを見る少年。
そういえば、中学生と小学生が居るって言ってたっけ。
「……ああ、光一もちゃんと片付けた? おもちゃ、いつも出しっぱなしにして。そういうところはお兄ちゃんを見習わなくてもいいの」
「……うん」
総一くんとの言い合いを見ていた、光一くんと呼ばれた子は静かに頷いた。
うーん、見る感じからして、あまり人付き合いが得意じゃないタイプの子かな?
繭ちゃんとかみたいな……って繭ちゃんを引き合いに出すのは失礼ではあるけれど。
しかし、私が折角ぎゅんと立ち上げたやる気は、結局何もすることがないという事実でへなへなと倒れ込んでしまったから、仕方なく再び椅子に座り直す。
「んー、真帆ちんってホント働き者だねー」
飲み終わったストローでうっすらと黄色い氷を掻き回していた片淵さんが笑いながら言うと、
「働き者っていうか、仕事済ませないとゆっくり出来ないっていうか」
と岩崎さんは溜息混じりにそう言った。
「まあ、普段はお母さんがやってるから、こうやって旅行に行ったときとかだけではあるんだけどね。それに家事は嫌いじゃないし」
「それでも、これだけ効率的に仕事を片付けられるのは凄いと思うよ」
私の言葉に、岩崎さんは少しだけ笑顔を見せた。
「ん、まあ褒め言葉として受け取っとく」
普通に褒め言葉なのだけれど、岩崎さんとしては当たり前だからなのか、恥ずかしいからなのか、そんなひねくれた言葉を返した岩崎さんだった。
「よっし、ゲームしよー」
「……っていうか2人共、ちゃんと宿題はやったの?」
総一くんがリビングにあるテレビの電源と、ゲーム機の電源を入れたところで、岩崎さんの雷が落ちた。
でも、総一くんは全く意に介さない。
「えー、まだ今日は土曜日だから別に明日でも良いじゃん」
「そう言って、どうせ日曜日もやらないんでしょ!」
「やるやる」
ああ、うん。
うちではそういうことは無かったけれど、間違いなくこれはお母さんと子供の会話だ。




