第12時限目 測定のお時間 その26
若干の釈然としない感じを抱えつつ、でも久しぶりにお風呂に入ったからさっぱりして気持ち良いからだと勝手に理解して、私が準備されていたバスタオルで髪を拭きながら脱衣所を出ていくと、
「ああ、どうだった? 湯加減は」
足を組んで雑誌を開いていた益田さんが尋ねる。
「丁度良かったです」
「ああ、そうか……」
背後の辺りに置いてあるケージの方を気にしながら、やけに歯切れの悪い喋り方をする益田さん。
流石に何が言いたいか、私にだって分かる。
「みゃーちゃんは大人しくして、良い子でしたよ」
ソファの隣に座って、私が小声でそう言うと、
「……ん、そうか。それなら良かった」
と益田さんは少しだけ落ち着いた表情になった。
「すまない、キミに押し付けるような形になってしまって……」
「いえ、押し付けだなんて。私自身、みゃーちゃんと仲良くなりたいからしているだけですから」
本心9割、お世辞1割くらいでそう答えた。
お世辞1割は、まあみゃーちゃんがまだまだ私をからかってくるところについての言及なのだけれど、まあそこはご愛嬌というか。
「自分のことながら、情けないな」
苦笑いする益田さんを見ながら、このまますれ違いばかりなのであれば、この場所にみゃーちゃんが居続けるのはあまり宜しくないのかもしれないと感じなくもない。
まあ、私が来る度に坂本先生が居るから、多分ここの住人かそれに準ずる立ち位置になっているような気がするし、そう考えれば普段はあまり心配しなくても良い気はするけれど、だからといって坂本先生が学校で勤務している間のことを考えると……咲野先生もそうだけれど、あまり良い状況とは思えないよね。
いい案が思いつかず、それ以上の掛ける言葉も見つからなかったから、私は立ち上がって何気なくみゃーちゃんの後ろからノワールちゃんを覗き込む。
子猫たちの目が開いてそれなりに経つけれど、ノワールちゃんはみゃーちゃんが触るのについてはあまり拒絶反応を示さないようだった。
ただ、それはみゃーちゃんとノワールちゃんの信頼関係が十分に出来上がっているからだと思っているから、私は触らないように気をつけている。
今までの反応からして、ノワールちゃんなら私も受け入れてくれるかもしれないけれど、もしそれが原因で育児放棄をされてしまったらお互いのためにならないし。
ノワールちゃんは私をちらりと見てから、目を伏せてごろりと寝転がった。
……何だか、私の気持ちを透かし見られて、「別に良いんだけどなー」みたいな雰囲気を醸し出しているようにも見えたけれど、ぐっと我慢。
「大きくなったね、子猫ちゃんたち」
「そうにゃ。毎日ちゃんとミルクを飲んでるからにゃ」
みゃーちゃんが寝転がったノワールちゃんの頭を撫でてあげると、その手に頭を擦り付けてくるノワールちゃん。
「……準」
「ん、何?」
「“てとら”がノワールの子供を欲しがってるの、本当にゃ?」
「……本当、だと思う」
あのときは“てとら”という名前が出ただけでヒステリックに反応していたから忘れていたけれど、その名前が出た文脈は峰さんが子猫を引き取りたいという話を持ちかけてきた、ということをみゃーちゃんに話していたところだったんだっけ。
ちゃんとみゃーちゃんもその辺りは覚えていたみたい。
「準の目で見て“てとら”はちゃんと、この子たちを育ててくれると思うにゃ?」
「……正直なところ、分からない、としか言えないかな」
断定しないのは、みゃーちゃんからの情報とあの短い時間で話しただけでは確証が持てないからだ。
最初、峰さんと話したときは、単純に子猫が好きなんだろうと思ったし、色んな人から事情を聞く限りでは、おそらくみゃーちゃんと似た立ち位置、英語で言うところの“Gifted”という先天的に高度な知能を持っている少年少女だからなのだろうと思っている。
ただ、ややみゃーちゃんに肩入れした立ち位置で見てしまうと、やや無垢過ぎてみゃーちゃんにとって当てつけに見えてしまうような行動を取る虞もゼロではない。
それが本人に悪気が無かったとしても、このところ色々あってまだ落ち着かないみゃーちゃんが、すんなりと受け入れるには難しいと思うから。
「……分かったにゃ。どうするかは、準に任せるにゃ」
「うん、分かった」
でも、引き受けた立場なのだから、私も分からないからと投げ出すわけにはいかない。
ひとしきりみゃーちゃんとノワールちゃんの様子を見てから、私はみゃーちゃんと益田さんに挨拶をしてから、寮に戻った。
「……」
みゃーちゃんと関わりのある“てとら”ちゃん。
その子がこの学校の生徒で、みゃーちゃんに近付こうとしているのは、本当に問題が無いのかは分からない。
でも、みゃーちゃんに任されたからには、私も彼女がどんな存在なのかを良く見極める必要がある。
それに、咲野先生や益田さんとみゃーちゃんの溝の問題とか、私自身の立場とか、考えることは山積している。
「……あはは、これは転校とかしている暇、なさそうだなあ」
少しだけ嬉しそうな声だったと思うけれど、私はそう独り言ちた。




