第12時限目 測定のお時間 その25
「“てとら”……って、みゃーちゃんが前に酷く怒ってた言葉だよね……?」
それも、何故か峰さんの話をしていたときに。
その疑問はあっさりと解決した。
「そうにゃ。峰蛍のネット上の名前にゃ」
「ネット上の名?」
頷いたみゃーちゃんが再び言葉を区切ったのは、言いづらいのか、それとも別の何か感情が押し寄せているのか。
何にせよ、みゃーちゃんは数秒の小休止だけで再び口を開いた。
「“てとら”と会ったのはネット上だったにゃ。あれはどこかで主催されたプログラミングコンテストのときの参加者名だったはずにゃ」
「プログラミングコンテスト?」
「そうにゃ。お題を決めて、プログラムを作るコンテストにゃ。プログラムの短さとか、作る時間とかを競うヤツにゃ」
「そんなものがあるんだね」
「だにゃ。みゃーは地下室に篭もる前から、そういうコンテストにはたくさん参加してたし、全然負けたことなかったにゃ。でも、あるコンテストで初めてみゃーが負けたにゃ。でも、ネット上で開催されるから、分かるのはネット上で使ってる名前だけで、誰なのか全然分からなかったのにゃ。だから、色々な手を尽くして調べようとしたにゃ。……でも、調べるまでもなく向こうから接触を図ってきたにゃ」
「え? その“てとら”ちゃんが?」
つまり、峰さんがみゃーちゃんに関わってきたということ?
確かに子猫の件のときもみゃーちゃんに会いたがっている感じはあったけれど……何故?
「準は“てとら”に会ったのにゃ?」
「うん、会ったよ。みゃーちゃんくらい小さい……あ、そういえばみゃーちゃんと同じくらいの年齢なんだっけ?」
「そうにゃ」
ふーっと再び溜息を吐く。
「“てとら”はみゃーと同じ年だけど、海外に行って飛び級して、戻ってきてからちゃんと高校生としてここに入学したのにゃ」
「凄いんだね」
「……そうだにゃ、確かに凄いのにゃ」
再び溜息。
「みゃーみたいに引きこもらずに、高校生になったって聞いたから、みゃーも1度だけ会ってみたいと思ったのにゃ」
「それで“てとら”ちゃん……峰さんとは会ったの?」
私の言葉に、こくりと小さく頷いた。
「会ったにゃ。話をしているときは悪い子ではないと思ったにゃ」
「それなら、何故?」
てっきり馬が合わなかったのかと思ったけれど、そういうわけではなかったらしい。
「簡単な話にゃ。“てとら”は恵まれた環境だったにゃ」
「恵まれた環境……」
「向こうで出来た高校生の友達とか、海外で食べたものが美味しかったとか、色々な話をされたにゃ」
「……」
「それに、みゃーと話終わった後に、両親が迎えに来てくれていたにゃ」
「……そっか」
自分と……重ねちゃったんだろう。
「別に“てとら”が悪いとは言わないにゃ。でも、似たような境遇だと思っていた“てとら”にはあって、みゃーには無かったにゃ。だから、みゃーにとってはそれが羨ましくて、嫌いだったにゃ」
「そっか」
「だから、てとらとは話したくないのにゃ」
「……」
「でも、そのときに初めて、みゃーは寂しいんだって分かったにゃ」
みゃーちゃんは私の手首をぎゅっと握った。
「だから、みゃーは準と会えて、良かった、にゃ」
俯きながらだけれど、お風呂でのぼせた頬の赤さが2割増しくらいに増えた。
「……私もこの学校に来て、みゃーちゃんや皆と会って、良かったと思うよ」
少し止めていた、撫でる手を再び動かして、私は続けた。
「まあ、最初はほら……突然暗闇の中に現れたから幽霊かと思ったし、凄く突慳貪だったから、上手くやっていけるかなって不安だったな。あ、それとあの動画で脅されたのもちょっと……ね」
「ごめんにゃ」
振り向いたみゃーちゃんは、少しだけ困ったように眉尻を下げていた。
「でも、みゃーちゃんをずっと見てて、何というか……ちょっと不器用なだけなんだろうなって思ったから、本気で関わりたくないとは思わなかったよ」
もちろん、坂本先生からお願いされたのもあるし、脅しという背景もあったけれど、あのとき……部屋を出るときに見た小さな背中は、単純な見た目だけではなくて、本当に小さく見えた。
だから、放っておけなかったんだなと思って、やっぱり私はみゃーちゃんの髪をくしゃくしゃと撫でてあげるのだった。
「確かに、比較的“てとら”ちゃんの環境は恵まれていたのかもしれないけれど、きっとみゃーちゃんにしかないものもあるんじゃないかな」
「……みゃーにしか無いもの」
「そうそう」
「…………」
沈黙と共に私を見つめたみゃーちゃん。
「ん? どうしたの?」
「……なーんでもないにゃ!」
私の疑問に答えないみゃーちゃんは湯船から立ち上がって、
「さ、上がるにゃー」
とみゃーちゃんは機嫌良さそうに浴室を出ていった。
……うーん?




