第12時限目 測定のお時間 その23
「準はみゃーと同じくらいの目線で見てくれるにゃ。でも、他の人は多分みゃーのことをもっと遠くで見てるにゃ」
「遠く……?」
「そうにゃ。まあ、簡単に言えばみゃーと関わりたくないってことにゃ。大人になるとそうなる……ううん、違うにゃ。準だけがヘンなのにゃ」
「え?」
それはちょっと酷くないかな!?
「そうにゃ、準はヘンにゃ! ふつー、みゃーくらいの子が、みゃーって呼べって言っても呼ばないし、みゃーに言われるがままに付いてこないにゃ。ロリコンにゃ!」
「違うからね!?」
思わず髪を洗う手を止めて言うけれど、鏡に映っているみゃーちゃんは目一杯の笑顔だったから、まあ良いかな。
「まあ、ちょっとは冗談にゃ」
「え、ちょっとだけ!?」
「でも……本当にみゃーが困ってたときには来てくれたにゃ……本当だったら、咲野先生みたいに来てくれないから」
一瞬だけ語尾が素に戻ったみゃーちゃんに、私ははっとして、でもすぐにみゃーちゃんが自分でまた打ち消した。
「まー、準と会うまでは、皆似たような態度ばっかりされたにゃ」
はーん、と両手を天井に向けてあざ笑うような態度を取ったけれど、本当は傷ついていることは今までの言動でよく分かっている。
ああ、そうか。
前々からたまに感じていた何となく物悲しい背中は、誰も近づかない、忌避された経験が原因だったのかもしれない。
私も最初こそ、ちょっと偉そうな態度のコだなあと思わないでもなかったけれど、ちょっと背伸びしてる感があったから、嫌うというよりは微笑ましさの方が勝った。
多分、そんなことになるのはみゃーちゃんの頭が良すぎるからこそ、周りもどう接すればいいか分からないんだろうと思う。
だからといって、仕方がないとは言わないけれど。
ただ、咲野先生のことについては誤解を解いておきたい。
「みゃーちゃん、咲野先生は――」
「分かってるにゃ」
私の言葉を制して、淡々と答えたみゃーちゃん。
「多分、あのときに……拾ってきた子が死んじゃったことを気にしてるにゃ。確かに、みゃーは……あのときは悲しくて泣いちゃったけど、咲野先生が悪いとは思ってないにゃ。多分、みゃーが連れて行かなくても死んじゃったと思うからにゃ。だからこそ、あのときのことを引きずられてるのが……残念なんだにゃ」
「……そうだね」
「あのときに連れて行かなければ、もっと……まあ、今更言っても仕方がないことにゃ」
咲野先生に直接言ってあげればと言い掛けて、でもああ見えて咲野先生も妙に偏屈で、素直にみゃーちゃんの言葉を受け入れるかというと……難しいかもしれない。
どうにかしてあげたいな……と思いつつ、みゃーちゃんの頭を流してあげた私は、続いて体をスポンジで洗う。
「ヘンなところ触るんじゃないにゃー?」
「しないしない」
からかうみゃーちゃんの言葉をさらりと受け流し、私は手早くみゃーちゃんの体を洗ってあげた。
「はい、良いよ」
「んはー」
泡を流してあげた私の締めの言葉に、小さな体をぎゅっと天井に向けて伸ばしたみゃーちゃんは、
「じゃあ、交代にゃ」
と私の手を引く。
「え? いや、私は自分で――」
「良いから座るにゃ」
強制的に引っ張るみゃーちゃんに、私は早々に抵抗を諦めてバスチェアに座る。
下手に抵抗すると2人仲良く転んでしまうかもしれないというのもあるけれど、何よりも今のみゃーちゃんは楽しそうで、拒絶したくないとも思ったから。
シャンプーを取って、私の頭をわしゃわしゃと洗ってくれる。
鏡に映っているみゃーちゃんは真剣そのものなのだけれど、指の力が弱いからなのか、何だか頭を撫でられているだけというか、くすぐられているだけのように感じる。
そういえば、綸子と昔、一緒に入ったときもこうやって私の髪を洗ってくれていたっけ、なんて懐かしんでいたら、みゃーちゃんのごしごしは頭から体へ。
「準の背中、結構大きいにゃ」
「そうかな?」
「坂本先生よりはずっと大きいにゃ」
「それはまあ……」
比較する対象は坂本先生よりもみゃーちゃんのお父さんと……なんて思わないでもないけれど、これは封印済みの内容なので、しー。
ふうふう、息を切らせながら私の体を洗ってくれたみゃーちゃんにお礼を言って、体の泡を流してから2人で湯船に浸かる。
流石に寮のお風呂と比較したら駄目だとは分かっているけれど、寮長室のお風呂はみゃーちゃんと一緒に入っていなくても、私の身長だと足を結構折り畳まないと入れない。
むう、そう考えると寮のお風呂って本当に贅沢なんだなあ。
「準は転校したいのにゃ?」
寮のお風呂に思いを馳せていたら、お膝だっこ中のみゃーちゃんが、私の胸にもたれかかりながらそんなことを言ってきた。
「あれ、みゃーちゃんに話してたっけ?」
「転校の手続きを依頼した、ということは聞いてるにゃ」
「ああ、なるほど」
まあ、みゃーちゃんなら何を知っていても不思議ではないけれど。
「んー…………」
結構思案に時間を要したけれど、私は答えた。
「した方がいいかどうか、という意味ではした方がいいと思ってるけど……しなくて済むなら、しない方がいいかな」
「何言ってるにゃ」
口をへの字に曲げて、私を逆さまに見上げるみゃーちゃん。
あはは、私も言っててそう思った。




