表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/935

第1時限目 初めてのお時間 その2

 主に学校生活全体に関わることは理事長さん、寮内の規則については寮長さんが説明してくれるということで、そのまま理事長室で説明を続けて聞くことになった。


 学校生活については、実にあっさりと説明された。というよりも、ほとんどが「後は生徒手帳の○○項を見てください」だったから早かっただけだと思う。後で生徒手帳を良く読み直さないと。


 説明された中で、最重要事項はこれ。


「体育はみんなと一緒に着替えるしかありませんが、あまり周囲を見ないように注意してください」


 理事長さんの言葉は更に続く。


「本来、こんなことは許されることではありませんが……下手にあなただけを特別扱いするのは周囲があなたに疑いの目を向ける原因となります。ですので、その場で着替えてください。くれぐれも……いいですね?」


 その時の理事長さんの目は笑っていなかった。いや、少なくとも僕が話をしている間で、さっきの入学おめでとう以外は笑っていなかった。でも、この言葉のときは今までにない静かなプレッシャーが感じられて、僕はヘビに睨まれたカエルの気分を味わいながら、首をただただ縦に振った。


 そして、理事長さんの最後の一言。


「寮内については別ですが、登下校時には必ずこの制服を身に着けてください」


 ”この制服”という部分で、目の前のセーラー服を指す。やっぱり、そこは譲れないんだなあ、なんてションボリしたけど、もう今更のこと。観念してます。


「僕、ここで本当にやっていけるのかなあ」


 何気なく発した僕の絶望の言葉に、理事長さんは思い出したとばかりに、更に追い討ちを掛ける言葉を投げてきた。


「ああ、申し訳ないのですが、その僕というのもやめてください。私と言っていただかないと、男性だと気づかれるきっかけになる可能性もあります」


「あ、え、は、はい。ぼ……じゃなくって、わ、私?」


「そうです。すぐには難しいかもしれませんが……」


 うう、本当に、完全に、完璧に、女の子として生活しなきゃいけないんだ。僕の男としての尊厳なんて、もう無いんだ。


「そう泣くな。直にそれが当たり前になる」


 寮長さん、それ全くフォローになってません。


 その寮長さんから、寮生活についての注意事項を聞く。


「寮の中でも、もちろん女性として生活してもらう。そのとき、一番気をつけなければならないのが言葉遣いだな」


 諦めなきゃいけないんだけど、『女性として』と言われるのが当たり前になりたくない自分が居る。ぐぬぬ。


「さっき真雪……いや、理事長が言っていたように、寮でも僕ではなく、私と言うように気をつけてくれ」


「は、はい……」


 本当のことを言うと、一時期『私』という一人称を使っていたこともあるのだけど、見た目との相乗効果で女の子と間違えられることが多かったことから、一人称を『僕』に変えたという過去がある。だから、今更一人称を『私』に変えるのは非常に抵抗があるのだけど、男だとバレるよりはマシだから仕方がない、とも思う。


「よし、練習だ。さあ、恥ずかしがらずに! 私は女の子です!」


 新興宗教の教祖様みたいなことを言いながら、楽しそうな寮長さん。


「わた、私は! お、女……」


 尻すぼみの僕……私の声に対して、何事にも熱血で全力投球のテニスプレーヤーみたいに励ます。


「大丈夫だ! キミの声は十分中性的で、男の子だとはそうそう気付かれないから、不安がらずにもっと大きな声で!」


「みぎゃっ!」


 わたしの せいしんに すごい だめーじ!


「私は、女の子――」夕暮れも過ぎた理事長室で何をやっているんだろうと思い至り、脳内をクールダウンさせる。「……こ、この練習って何か意味あるんですか?」


「いや、ないぞ」


「えっ」


「だが、今の内に慣れておく必要はあるな。僕っ娘という、女性でも僕が一人称の人間が世の中には居ると聞いているが、出来るだけ不安要素は無くしておきたい」


「はあ……」


 隣で見ていた理事長さんにアイコンタクトで助けを求めると、こういう奴だから我慢してくれ、と目で語っているのが分かった。そういうことは先に言って下さい。いえ、言われててもどうしようもないのだけど。


「さて、続いてだが……良く男バレしてしまう例に、小便をする際に便座を上げてしまうのがあるな」


「えっと、寮長さん。良くある例って、そんな男バレした人が過去に居るんですか?」


「いいや、漫画とかアニメとかで幾つか見たことがあるくらいだ」


 それを元にしていいんだろうか。というか、アニメとかそういうの好きなのかな。


「とにかくそういうことだから、便座は上げてトイレをしない方が良いぞ」


「元々、私は座る派なので……」


「む、そうか。じゃあ、そうだな……女性の服を着たりとかはしたことがあるか?」


「昔から妹の服とか着せられていました」


 さすがに自分から好き好んで着ることはないし、抵抗があるかどうかと言われればもちろんあるけれど、物理的に着れないかどうかという意味では、着れないことはない。というより、転入試験の際に実証済み。妹が僕、僕じゃなくて、私と同じくらいの体格だったこともあるけど。


「……風呂が短いとかは?」


「普段、1時間くらい入ってますが……」


 私の言葉に、しばらくの停止があってから、瞬きを数回。


「キミは、本当に男なのか?」


「ぎゃわん!」


 酷い事を言われた!


「言葉も丁寧で、見た目にも問題なし。唯一まだ出る『僕』という一人称だけはやや気に掛かるが、お風呂も長くて、トイレは座る派。こういう際に大抵問題になる、女性の服に抵抗も無い」


「いえ、抵抗はありますけど……」


「身長的には……ちょっと立ってみてくれ。ああ、そう、こっちを向いて」


 言われた通りにソファから立つと、寮長さんは僕の真横に立ってから、僕の肩に手を置いて、自分の方に顔を向けさせる。シャンプーかボディーソープの匂いだと思う、薔薇の香りに少しだけ、どきりとした。


「ふむ、私の方が少し高いくらいか……なるほど、なかなか男性にしては華奢な体つきだな。もう少し肉を食べた方が良い。これくらいの細腕ほそうででは、嫁が出来た時にお姫様抱っこで登場することも出来ないしな。ふむん、だが胸板はなかなかだ」


 そんなことを言いつつ、僕の体をあちらこちらベタベタ触ってから、満足そうな鼻息を1つ。


「お姫様抱っこ……?」


「む? 結婚式というのはそういうことをするのではないのか? それとも、どちらかと言うとされたい側だろうか」


「いえ、そういう意味では……」


 何だか、このままだと話がいつまで経っても進まない気がしてきたので、とにかく先を促す。


「あの、身長は……」


「ああ、すまんな。とりあえず、身長はやや高めだが、この学校にも同じくらいの女生徒は居るから、さほど問題にはならないだろう」


「そうですか」


「ああ。まあ、それがきっかけでバレるとしても、身長についてはどうしようもないんだがな」


 だったら何故確認したんですか、と突っ込みたい衝動をどうにか抑える。


 ようやく寮生活について説明されたのは、その後も女性として生きるために持っておくべき知識、主に生理とか下着のサイズとか、そういう情報を明け透けに話す寮長さんのフリーダムさに振り回されて、私が辟易してきた後。その中で、主に重要だと感じた内容と、寮長さんの一言は次の通り。


 この寮では、現在僕の他に5人の女の子が生活していること。


「もちろん、彼女たちにもキミが男性であることがバレてはいけないぞ」


 朝食は食堂ですること。


「朝の場合は、午前6時半から9時までしか食事が準備されていない。よって、早めに済ませるように。まあ、寮は学校の敷地内に在るとはいえ、8時15分には登校しなければ間に合わないが。逆に夜は料理が冷蔵庫に保管してあるから、いつでも食べることが出来るぞ。かといって、朝の2時とかに食べるのはあまりおすすめしないがね」


 お風呂は午後10時以降にこっそり入ること。


「本来は午後10時までしか入れないようになっているが、キミの為に翌日の0時頃までは開けておこう。まあ、特例を認めるとバレやすいというのはあるのだが、さすがに風呂場や脱衣所で遭遇してしまうというケースはこちらとしても避けたいからな」


 平日、休日問わず、全て女性モノの衣服を着用して、日常生活をすること。


「服は既に用意してある。好きなものを選んで使ってくれ。ちなみに理事長セレクションだから、不満があれば理事長によろしくな」


「その一言は要らないでしょう、綾里……こほん、菖蒲園寮長しょうぶえんりょうちょう


 いろんなことを言われて、僕は頭の中が真っ白になりかけていたんだけど、大まかにまとめると自分を女だと思い込んで、でも着替えやお風呂みたいなところだけ気をつければ万事オッケー、ってこと?


 ……女だと思い込むって前提がまずおかしいけど、大体理解できた。したくないけど。


「とにかく、男性であることに気づかれないように、気をつけて生活してください」


「は、はい、分かりました」


 ようやく説明祭りから解放されたときには、10時を軽く回っていた。加えて、突然女の子としての生活を言い渡されたりして、もう精神的にも肉体的にも限界。


 寮長さんと2人で帰ってきたときは、もうギブアップ宣言直前という感じだった。


「キミの部屋はこの部屋だ。また何かあれば、寮長室に来てくれ」


「はい……」


 中央の階段を登って2階の左手側、最奥の部屋の201号室。そこの鍵を寮長さんから受け取って、部屋に入る。


「うあー」


 何はともあれ、鞄を机の上に下ろしてから、ふかふかのベッドに倒れこむ。つ、疲れた……。


 寮の部屋は本棚とベッド、タンス。それに、女の子の部屋だからか、大きな鏡付きの化粧台があった。部屋の広さは何畳、っていうところは分からないけれど、それらが置いてあっても、1人が生活するには十分すぎる広さだった。凄いなあ。お嬢様学校ってこんななんだ。


 引っ越しの荷物はまだ届いていないから何も出来ないし、仮に届いていたとしても、きっと何もする気は起きなかったと思う。


 とりあえず寝る……前に、お風呂に入っておこう。


「あれ? そういえば……」


 お風呂に行く前に着替えを持っていかなきゃいけない。


 でも、持ってきたバッグの中に入っている男性モノの服は使っては駄目。今の僕……じゃなかった、私は男ではないから。いや、男なんだけど、男として振る舞ってはいけないから。


 着替えは用意してくれているって言ってたけど、どこだろう? やっぱりタンスの中?


 タンスの一番上の引き出しを開いてみる。


「うわっ」


 色とりどりの、女物の服。ここは上着ばかりが入れてあるみたい。妹が着てた服を思い出しても、こんなに種類有っただろうか、ってくらいに多い。


 寮の中は、制服でなければダメとは言われていない。つまり、この中から選んで着なさい、ということなんだろうけど、これだけ多いと何を着ていくか迷っちゃうなあ。


 女性っぽいと思った無地の白の半袖Tシャツにピンク色のカーディガンを取り出して、何気なく次、小さな引き出しを開いて、数刻のフリーズの後、私は慌てて引き出しを閉め、しゃがみこんだ。


「……い、今のって……」


 おそるおそる。そんな言葉を体現した私は再度引き出しを開いて、数センチの隙間を作ると、中から普段は” 見せるためではない何か”が所狭しと並んでいた。


 そ、そうだよね。僕……じゃない、私は女の子だから、これを履かないと、まずいんだよね。いやいや、まずいんじゃない。むしろ女の子だから、とてもとても自然なこと。そうそう、自然自然。超ナチュラル。


 もう頭の中が沸騰しそうになりながら、目を瞑ったまま1枚だけ適当に取り出して、さっきのTシャツとブラウスの間に折って、隠すように挟んだ。


 はあーっ、という溜息と共に、更に次の引き出しを開けると、今度はスカートが並んでる。スカートにもいろんなカタチがあるんだなあ、名前が全然分からないけど、知っておかないとまずいんだろうなあ、なんて他人事みたいに思ってみたり。でも、割りと真面目に必要な情報だと思う。


 兎にも角にも、黒のスカートを掴んで、僕は引き出しを閉めてから、最後の引き出しを開ける。


「靴下とハンカチ……あ、タオルはここなんだ」


 スカートと同色の黒でイチゴのワンポイント付きの靴下と真っ白なハンドタオル、バスタオルを選んで、その場にぺたんと座り込んだ。


「はふぅ……」


 服を選ぶだけで、こんなに疲れるとは思ってなかった。明日着ていく服くらいは、今日中に決めておいた方がいいかも。


 どうにかこうにか立ち上がって、お風呂用のシャンプーとリンス、ボディーソープをバッグから取り出したら、とりあえず部屋の外をこっそり確認。誰も居ないことを確認して、そそくさと階段を降りる。早くお風呂に入って、変な汗をかいたのと、何よりも疲れ果ててるから、お風呂でゆっくりしたい。


元は2000文字くらいだったはずなんですが、書いて直してを繰り返していたら、いつの間にか5000文字オーバーに。どうしてこうなった!

兎にも角にも、楽しんでもらえれば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ