第12時限目 測定のお時間 その6
「まあ、アタシも痛いのはちょっとなーって思うねー」
「本当か嘘かは分からないけど、注射で刺される瞬間を見ていると、普段よりも痛いって聞いたことがあるし、血を見ると倒れる人とかも居るみたいだから、もしかすると見なかったら頭がくらくらするのも治るかも?」
「ほほー? じゃあ、今日の注射は見ないでやってもらうかなー」
あはは、と笑いながら言う片淵さん。
「というか、血を抜かなくてもそろそろ分析出来たりしてくれないかねー?」
「あ、それは思う」
私たちが他愛もない話をしてスロープを下り、保健室の前に来ると、太田さんが腕を押さえながら出てくるところだった。
丁度話題になっていた採血が終わったところだったのかな。
「ああ、太田さん」
「あら? 小山さんと片淵さんね、こんにちは」
少し気分が悪そうな表情だった太田さんは、私たちを見ると表情をキリッと整えて会釈した。
あれかな、やっぱり弱いところを見せたくないのかな。
「こんにちは」
「どうしたの……って言うのもおかしな話ね。あら、でも小山さんは名簿からして、もう少し後じゃなかった?」
「うん。でも、まあすぐに時間が来るから」
「そうね」
私の言葉に、特に咎めるでもなく、太田さんが答えた。
こうやって、太田さんとさりげなく会話が出来るようになるとは出会った頃には思わなかったなあ。
……いや、出会ったときは普通に話していたっけ。
大隅さんや中居さんとサボって、太田さんを煽ったあのときから比べたら、本当によく縒りを戻せたと思う。
縒りを戻すという言葉が適切かは分からないけれど。
「あ、次の子ってもう入ってる?」
「さっき柏田さんが入ったばかりね。というか、むしろ皆遅すぎるわ」
私と片淵さんが、太田さんの開けた扉から保健室の中をひょっこり覗くと、衝立は見えるけれど人の姿はない。
「ホントだ。んじゃ、アタシはもう入っておくよー。また後でー」
「うん」
私と片淵さんが、軽く手を上げて別離の合図を送ると、
「じゃあ、私はまだレントゲンがあるから……」
と太田さんが去りかけて、
「……まあ、でもまだ時間はあるわね」
と続け、近くにあった長椅子に座った。
「どうせ、時間あるんでしょ? ここ、座りなさいよ」
長椅子の端から1人分の隙間を空けて座った太田さんが、その隙間をぽんぽんと叩き、座るように指示する。
「え? う、うん」
嫌だ、と拒絶するのもちょっとどうかと思うし、私は太田さんの指示された通り、隣りに座った。
「……」
「……」
でも、沈黙。
「…………あの――」
「サボるのってさ」
「え?」
私の辛うじて脳内に浮かんだ、1分間保つか保たないかのネタを投げかけようとしたら、クロスカウンターで太田さんから話題が投げ込まれたから、私は慌てて自分の話題を飲み込む。
「さ、サボり?」
「そう、サボり。ちょっと、ドキドキするわね」
「え?」
太田さんは、天井を見上げた。
「クラスの皆は自習中……とはいえ、多分皆まともに自習なんかしてないと思うけど、何にしてもこうやって本当は教室に戻って自習しなきゃいけない時間に、教室に戻らず、こうやって座って話をしているのって、結構楽しいっていうか、ワクワクするわ」
「あ、それは思う」
力強く、私が頷いてから続ける。
「私も前の学校では、脇目もふらずに勉強を続けて、授業中も先生の言葉を一字一句漏らさないようにしようって思っていたけど、あのとき大隅さんと……あ」
言い掛けて、私が口を噤むと、やれやれとばかりに太田さんが溜息を吐いた。
「別に、もう怒ったりしないわ」
「あ、あはは……」
私って分かりやすいのかな?
「言いなさいよ」
「うん。あのとき、私も大隅さんと中居さんと話をしてみて、本当はそんなに悪くない子たちっていうか……まあ不真面目なのは間違いなかったけど、自由に行動しながらも、ちゃんと自分を見つめていて、でもどうすればいいか分からないって感じで。ちょっと勿体無いなって思った」
「そう」
つまらなさそうな調子ではなくて、単純に合いの手のように入った声は、多分続きを促しているのだろうと思って、私は話を続けた。
「だから、あのとき……太田さんに、彼女たちを貶されたときは大声を出してしまって……ごめんなさい」
「謝らないで頂戴」
視線を遠くに向けた太田さんは、淡々と言った。
「あれは、私も無粋な真似をしたのだからお相子。だから、謝らないで」
「……うん、分かった」
少しだけ、声が震えていたのはきっと気のせい、だと思う。




