第11時限目 写真のお時間 その26
「な、何してるのっ!?」
飛び退……こうとして、お湯の抵抗と湯船の狭さからさほど離れられず、でもとりあえず十分にクッション性のある感触から手を離すことには成功した私は、ばくばくと音を立てる心臓を押さえつつ言った。
「く、工藤華夜くらいのサイズが無ければ駄目だと、暗に言われたから腹が立ったのですわ!」
「いや、それは勝手に工藤さんが言っただけで……」
この状況の元凶である工藤さんをちらりと見ると、工藤さんもこちらを見つめ返して、
「じゃあ、大きいのは嫌?」
とやっぱり爆弾を剛速球で私の顔面目掛けて投げてくる。
「そういうわけじゃ――」
「そういうところですわぁ!」
私の肩を掴み、がっくんがっくんと体を前後に揺する星野さんのせいで、胸に付いていた2つの偽物の山もずるりと落ちた。
「その胸、偽物……?」
ジト目で星野さんが、私の胸元を見る。
「……はい」
今更隠せるわけもないから、私は素直に頷いた。
というか、桜乃さんのお母さんが持ってきた新しい接着剤、駄目過ぎません!?
折角塗り替えたのに、むしろ状況が悪化している感が。
「なるほど。理事長が事情を知っていると言ってはいましたが、こんな手の込んだことが出来ている辺り、本当のようですわねぇ……」
私が落ちた胸パッドを回収しようと思ったら、星野さんが先に手を伸ばして回収した。
「感触的には本物……色も全く違和感のない肌色ですわねぇ。しかし、こんなものまで提供するなんて、学校側は何を考えているのかしらぁ」
「……あ」
そういえば、理事長まで知っている、なんてことを教えてしまったけれど、星野さんのことだからそれを理由に――
「このことで理事長を脅すなどとでも思っているのかしらぁ?」
「え、何で分かったの?」
「少しくらいは否定すべきですわぁ!」
確かに言い過ぎ感はあるけれど、正直星野さんならやりそうだったから。
「……はあ、全く。まあ、でもそういう心象を持たれていてもおかしくはない、ですわねぇ」
深い溜め息と共に、そう苦笑いした星野さんは、
「まあ、貴方がちゃんと“協力”してくれなければ、他の人たちにこの秘密をバラしてしまいますわぁ」
と相変わらず意地悪い笑顔で言った。
「きょ、“協力”って?」
「言ったでしょう? 男性には興味がある、と。ですから、色々知っておきたいわけですわぁ、色々と」
これまた、含みを持たせた笑顔でそう言う星野さんに、私は絶望の表情を向ける。
色々って一体!?
表情から読み取ったのか、
「そうですわねぇ……せ、せせせっ、折角、み、見られるのですからぁ、ちゃ、ちゃちゃ、ちゃんと、お、おおお、男だと、分かる、その、部分を、ををを……」
あれだけ強気だった星野さんは、言葉の途中から狼狽の色を隠せない様子で、顔を背けながら言葉を発している。
自分で言ってて恥ずかしがってちゃ駄目でしょう!? と思わないでもないけれど、羞恥心はちゃんと残っていたのは良かった……のかな?
……いや、そういう割に自分の膨らみに私の手を当てたりしている辺り、星野さん、もう自分でも何をやっているのか分かっていないんじゃないかな。
「男だと分かる部分?」
工藤さんが星野さんの言葉に違和感を覚えたのか、数十度首を傾けた。
「あ、貴女も同じでしょう? 男性の『モノ』が付いていたの、見たのでしょう!?」
「…………」
星野さんの言葉に、工藤さんは何かを言い掛けて数秒口を開けて静止し、私を見た。
それも、きゅぴーん! というような音を立てそうな勢いで目を光らせて。
あ。
「準」
「いや、あの」
「見てみたい」
「だからね」
「何? 工藤華夜のときは違ったの?」
「前は隠してたから見れなかった」
「隠して……? もしかして、股間にもこの胸パッドみたいなのを付けていたとか?」
「そう」
おヤバい様子の空気を感じて、私は湯船から逃げ出そうとしたけれど、
「逃げた」
「逃しませんわぁ!」
同時に立ち上がって、浴槽から出た星野さんと工藤さんが、ほぼ同時に私を捕まえようと立ち上がった、のだけれど。
前につんのめった私が、顔面からこけないようにと体を捻ってしまったのが運の尽き。
私は、ドン! という鈍い音と共に背中から着地すると、その直後に太もも辺りに2つの衝撃があった。
痛みに耐えつつ目を開けると、
「「「!!」」」
どうやら、2つの太ももの衝撃は同じく足を滑らせた工藤さんと星野さんの頭で、同時に2人膝枕という芸当をしていたようなのだけれど、その2人の手はまるで示し合わせたように左右から私の『僕』を掴んでいた。
状況を把握した飛び退いた工藤さんと星野さんが、がっちりと握ってしまっていた手を見下ろし、私は『僕』の部分を隠した。
「…………きょ、今日のことは、無かったことにしておいてあげますわぁ」
こくり、と同意を示した工藤さん。
三者一様、心に衝撃というか傷というかトラウマ的な何かを残した日となった。
ちなみに、星野さんはこの日以降、妙な感情渦巻く視線を私に向けるようになって、
「あの子、どーしたん?」
と桝井さんに尋ねられるようになったのだけれど、それはまた別の話。




