第11時限目 写真のお時間 その21
「昔の私は地味な……とても地味な生徒でしたわぁ」
地味というのが外見的な話なのか、それとも行動的な話なのかは分からないけれど、少なくとも後者であれば今の星野さんからは想像出来ない。
「友達も多くは無かったですし、私自身あまり人と関わっていくことに興味は無かったんですのよぉ」
「星野さんが?」
むしろ、今の星野さんは人と関わらないと死ぬ! みたいな感じなのに。
……いや、関わるというよりは引っ掻き回すという方が正しいかな。
「その頃は、ですわぁ。興味があることに稀に耳を傾けることはあっても、基本的には他人とは関わらないことを決めていたタイプでしたしぃ」
小さな溜息の後に、星野さんが続ける。
「……いえ、単純に人との距離感が分からなかったのですわ。もっと小さな頃は確か、皆の輪の中に入って、仲良く出来ていたはずでしたのに。いつの間にか私だけ取り残されたような感覚で……」
「……」
口を挟まず、次の言葉を待つ。
「クラスメイトたちは、昨日見たテレビの話題や学校のテストの話題とか、休み時間の度に話しているけれど、その輪の中に入っていく勇気は私には無かったのですわ」
星野さんの言葉に、私は「そっか」とだけ零す。
環境が環境だったとはいえ、私も孤立していたという意味では似たような状況ではあったから。
「多分、そんな環境がずっと続くんだと思っていたある日、中学校内で開かれた写真コンテストで、私が何気なく撮った写真が優勝したのですわ。とは言っても中学校内だけですから、大したものではないのですけれど。それでも、その優勝でクラスメイトや両親から、褒めてもらえたんですの」
「そうだったんだ」
少しだけ表情が明るくなった星野さんは、
「ええ。それまでは全く関わりのなかった先輩や後輩があれは良かった、と。お陰であっという間に時の人になったんですのよ」
ふふふ、と思い出し笑いをしながら言っていたけれど。
「ただ……」
再び、喋りを止めた。
「ただ?」
私の言葉に押し出されて、星野さんが続けた。
「そのお陰で、調子に乗りすぎたのはあったと思いますわ」
再び溜息に沈んだ星野さんは、天井を見上げた。
「写真がきっかけで、急に色んな人の輪の中に入れるようになった私は、今までの分を取り返すようにたくさん話をしましたわ。こっそり夜に起きてはドラマを見て、話題についていけるように努力したりもしましたわね」
星野さんって、確かになんというか、そういう努力は惜しまないような雰囲気がある。
「そんな中で、1番周りの食いつきが良い話題って何か知っています?」
「え? ……そうだなあ……恋バナ、とか?」
女の子だし……っていや、男でもすると思うけれど。
私の言葉に、にこりと笑った。
「そう、正解ですわ。誰と誰が付き合っているとか、そういう話題。皆の輪の中に残っていくには、私はこの話題は絶対に逃せないと思っていたんですの。それで……」
言葉に詰まった星野さんは、1度息を吸い込んでから、
「……問題になったのは、たまたまクラスメイトの女の子が、他のクラスの男の子と仲良くしていた姿を収めた写真でしたわ」
と意を決した表情で言った。
「……?」
別に仲良しの写真を撮ってあげるだけで、何が問題になるんだろうと疑問符を頭に乗せていたら、星野さんが小さく笑った。
「楽しそうな写真をそのクラスメイトの女の子に見せて、酷く怒られたときの私も、多分全く同じような表情をしていたと思いますわ」
悲しそうな笑顔で、星野さんは続けた。
「彼女、二股していたらしいんですの。もちろん、それは後から知った話だったのですけれど。もう1人のお相手は同じクラスの男子で、私が何気なく見せた写真を他の女子が見ていて、バラしてしまったらしいですわ。お陰で私はまた爪弾きに……いえ、元通りに戻ったといえばそうですわね」
一気に喋ったからか、二呼吸ほど置いてから、星野さんがまた続けた。
「まさか、写真で作った友達の輪が、写真で崩れるなんて思いもしませんでしたわぁ。ふふ、まあ元々そういう立ち位置の人間なのだから、調子に乗った時点で自業自得なのですわぁ」
自虐的にそう笑うけれど、少なくとも今までの話に星野さんに非が有った内容はほとんど無かった、気がする。
「だから、高校は少し離れたところでやり直そうと思って、ここへ転校してきたのですわ。でも、1度付いた癖は中々治らないもので、色んな人の輪に入り込んでは、情報を掴んで……なんて諜報部員みたいなことをやってばかりいたら、いつの間にか今みたいな立ち位置になってしまっていたんですの」
「……」
今の星野さんの行動は良いものだとは到底思えない。
ただ、性格がちょっと捻くれてしまった原因が、必ずしも星野さんにだけあったとは思えなくて。
「……っ!?」
「星野さんも、大変だったんだね」
ぎゅっと、後ろから抱きしめてしまっていた。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!?」
混乱した星野さんの声が耳元で聞こえるけれど、私は痛くない程度に拘束して離さない。




