第11時限目 写真のお時間 その11
「あの、失敗……って?」
どこまで聞いて良いのかが分からず、恐る恐る私は尋ねた。
「えっとさ……、あの子が昔……と言っても1年くらい前だったかなって思うんだけど」
天井を仰ぎながら、咲野先生が記憶を辿って言う。
「真夜中に、野良猫を拾ってきたことがあってね」
「野良猫ですか」
「そう、野良猫。確か、監視カメラに映ってたとか言ってた気がするけど」
湯船の縁に頭を載せて、咲野先生はそうしみじみと言う。
「他の猫と喧嘩したのか、人に虐められたのか、理由は分からないけど、何にしてもその野良猫は怪我しててさ。そんとき、たまたま……本当にたまたま、綾里が帰らない日で……っていうか、綾里が出掛けて帰らないから寮長室を好きに使って良いって言われて、たまたまアタシが泊まってた日だったわけ」
「はい」
私は頷くだけ。
「アタシしか居ないところに、美夜子が傷だらけの野良猫を抱えて、この子を助けてくれって来るわけよ。でも、アタシは動物とか詳しいわけじゃないし、どうすればいいか分からなくてさ。慌てて近くの動物病院とか掛けてみたけど、真夜中だから誰も出なくて」
「……」
咲野先生の声のトーンが低くなって、大方結果の予想は出来ていた。
「……焦ってただけで、結局、何も出来ずに終わっちゃったんだよね」
胸の中に溜め込んでいたであろうもやもやを、溜息と共に吐き出した先生は、
「もう少し……せめて、もう少し何か出来てれば良かったって、未だに思うんだよ。同じ結果になってたとしたって、結局電話した以外でやったことなんて、最初にタオルで包んだのと、泣きじゃくる美夜子の頭を撫でてやっただけ。それ以外は何にも出来なかった」
と目を閉じた。
「それがトラウマになってると」
「うん、まあそんなとこ。あはは、馬鹿みたいでしょ」
「はい」
私の容赦無い言い様に、
「ちょ、ちょっと、せめてもう少し他に掛ける言葉は無いの?!」
思わずノーガードで立ち上がり、私の方を睨んでくるから、まあ、その、色々見えていたりはしたのだけれど、私も真面目に話をしたかったからそれはそれとして置いておきつつ、思った言葉を口にした。
「すみません。ただ、咲野先生は咲野先生なりに目一杯やったんですから、そんな悪い方向に思い込まなくて良いんじゃないかなって思ったので」
私の言葉を聞いた咲野先生は、それでも同意はせず、
「言ったでしょ? 大人になったら頑張っただけでは駄目なんだって」
と静かに首を横に振ってから、再び湯船に浸かった。
「だからね、美夜子には信用されてないの。ほら、公香はあんなに頼りにされてるのにさ」
あはは、と悲しい笑顔を見せる咲野先生。
「今の話を聞くだけでは、その野良猫ちゃんを動物病院に担ぎ込むことが出来ていたとして、生き延びていたかどうかは正直分からないです。ただ、みゃーちゃんだって分別を弁えている子です。咲野先生が目一杯頑張ってくれたのくらい、分かってるはずです」
「それは、でもーー」
また否定の言葉を重ねようとするから、私はその上に重ねるようにして続きの言葉を放つ。
「確かに坂本先生に懐いているのはありますが、みゃーちゃんがそれだけで先生を見限るとか、嫌うとかいうほど単純な子じゃないことは先生だって知ってるはずです。何より、みゃーちゃんが頭を撫でさせてくれるだけで、十分心を開いていると思いますよ」
私もみゃーちゃんが大人しく頭を撫でさせてくれるまでに結構な時間を要したし。
多分だけれど、あのときは私だけではなくて、先生にも助けを求めに来たんじゃないかとも思う。
「だったら、なんでアタシには、こう……話をしに来たり、甘えに来たりとかしないの?」
半ば……いや、多分7割くらい拗ねる感情が入った咲野先生に、私は思ったことを言う。
「単純に、関わると面倒くさいタイプだからじゃないでしょうか」
「酷いっ!?」
「……冗談です」
「冗談でも言って良いことと悪いことがあるでしょーが! アタシ、先生なんだぞっ!」
咲野先生はそう言って、私のこめかみ辺りを両方のげんこつで挟みこむようにごりごりと……あ、あいたたた!
確かに気さくに話せる咲野先生相手だからって、言い過ぎた感はあったけれど!
「ぎ、ギブアッーー」
「ーーホントさ」
物理的頭痛の種が、突然無くなったと思ったら、ふわりと柔らかく揺れる何かに包まれた。
「……ありがとね、小山さん」
私の頭は、咲野先生に抱きとめられていた。
「確かに、あの子は聡い子だからそれくらいのことは分かってたよね。ちょっとだけ……美夜子に頼られてる小山さんとか公香に嫉妬してた……んだと思う、きっと」
私を抱きしめる腕の力が少しだけ強くなる。
「ありがと、ホントに。アタシを認めてくれて。ちゃんと見てくれて」




