第11時限目 写真のお時間 その10
寮に戻って、さてじゃあ咲野先生を探そうという段階になって、この化粧ポーチを渡すってことはつまり、お風呂上がりまたはお風呂に入っている咲野先生と遭遇するというわけで――
「あっちゃー、しまったー。誰かに取りに行ってもらうとか……いや、でもなー」
靴を脱ごうとしたところで、後ろからそんな困った調子の声が聞こえて振り返ると、大きいとまでは言わないけれど小さくもない手頃サイズのお饅頭の南半球をバスタオルで隠しつつ、脱衣所のスライド式ドアを開いて出てきた咲野先生が。
……ちょ、ちょっと先生!?
私が咲野先生と初めて会ったときと構図が真逆だ、なんてことを1%くらい考え、残りの99%は想像通り無防備過ぎる先生に、
「ちょ、ちょっと先生!?」
慌てふためく私が目を瞑りながら、脳内の言葉を声に出すセルフリピートをしつつ、両手をわたわた振っていると、
「ん? あ、小山さん。どったの?」
と何か悪いものでも食べた? みたいな目でこちらを見てくるから、思わず冷静になって私も言い返す。
「どったの? じゃないです! 何故タオル1枚なんですか!」
まあ、タオル1枚だけなら良く見る工藤さんの姿と同じだからおかしいわけでは……いや、やっぱりおかしいけれど、何と言っても良い歳した先生がそんな端ない格好するんじゃありません! って私はお母さんか!
もう自分自身、良く分からなくなってきて、一旦脳内をリセットするために深呼吸。
「いやあ、ちょっと化粧ポーチを寮長室に忘れちゃって……あれ、それってアタシの化粧ポーチじゃない?」
「あ、はい。益田さんから持っていってくれって」
咲野先生の言葉に、ようやくリセットが済んだ私は頷いて答える。
「マジでー? 助かった!」
「どうぞ」
身長差があるから、どうしても視線が下向きになるため、出来るだけ視線を合わせようとしながら化粧ポーチを差し出すと、
「あー……小山さんもお風呂入らない? アタシは先に入っとくからさ。お風呂上がったときにポーチは渡してくれればいいから」
そう一方的に、会話とも言えない言葉を打ち切って、脱衣所の扉を閉めた。
「…………え?」
何故、私もお風呂に?
今回みたいな不意打ちでなければ、肌色成分多めの相手でも恥ずかしがらずに話が出来るように……なってないかもしれないけれど、極端な挙動不審は減った、はず。
でも、広めとはいえお風呂に女性と入るのは未だ動揺する要素が多すぎ――
「ほら、小山さん?」
閉まったはずの扉が再び開いて、私は心臓が一瞬止まった気がした。
「は、はい!」
……か、覚悟決める、しかない、かな!
私は諦めて、部屋に戻って着替えを持って、擦り寄ってきたテオを布団の上に鎮座させ、化粧ポーチを持って、足音がうるさくない程度に駆け降りる。
駆け下りたのは、もし私がぐだぐだしていると、先生がもしかしてそのままの格好で私の部屋にまで来るのではないかと思ったからなんだけれど、まあ良く考えたら流石にそこまではしない……よね?
脱衣所に入ると、既に先生は浴室に入っているみたいで、私は手早く脱いで浴室へ。
シャワーで頭と体を手早く洗って湯船に入った私が、先生の「やっぱり広いお風呂はいいよねー」という言葉に「そうですね」と短く頷いた後。
「……小山さんとはお風呂、2回目だっけねー」
天井を仰いだ咲野先生が額にタオルを置いて、そう呟くように言う。
「そうですね」
2回目の『そうですね』のカードを切った私。
別にそっけない態度を取りたかったのではなく、変な意識をしないようにと気をつけていた反動だからなのだけれど、
「…………そういえばさ、小山さん」
と何故か切り出しにくいことを聞くような声で、私の名を呼んだ咲野先生。
「はい?」
妙な咲野先生の様子に、私は疑問系の言葉のカードを切った。
「あのとき……美夜子が泣いてたときさ、助けてくれてありがとね」
「…………ああ、あれですか」
数秒の時間を吹き飛ばしてから、教室棟をみゃーちゃんが泣きながら歩いていたあのときのことだと思い当たった。
思い当たったついでに、
「そういえば先生。あのとき、私じゃ駄目だって言っていたのって、何だったんですか」
記憶にある、咲野先生の暗い表情と言葉も引っ張り出されてきたから、何気なくそう尋ねてしまったのだけれど、その問いに対して咲野先生は口を噤んでしまった。
言いたくないことだったのかなって思って、私が謝罪の言葉を出そうとした瞬間に、
「アタシ、1回失敗してるんだよね」
咲野先生が、私の言葉よりも前に声を押し出したから、今度は私が口を噤んだ。
……失敗?




