第10時限目 融解のお時間 その34
とにかく、子猫引き取り依頼の貼り紙については許可が出たから、どうやって作るか考えないと。
後は――
「あの……」
理事長室を出てすぐに足を止めて今後のことについて頭を悩ませていると、突然横から声が耳に入ってきた。
完全に油断していた私は慌てて、
「は、はいっ!?」
自分自身びっくりするほど大きな声で返事をしてしまったから、声を掛けてきてくれた子の方があわあわし始めたから、
「あ、ああ、ええっと、驚かせてごめんなさい」
とまた慌てて謝る。
「え、ええっと……?」
身長は繭ちゃんとか片淵さんよりもう少し小さいくらいの、小さな女の子が立っていた。
何だか幼い感じはあるけれど、うちの制服を着ているし、うちの学校の生徒だよね、多分。
「え、えっと、ちょっとお聞きしたいんですが……子猫を飼いたい人を探しているというのは、ほ、本当ですか?」
「え? え、ええ、まあ……」
私はそう頷いたけれど、頭の中では「ちょっと待って、どういうこと?」と久しぶりに疑問符生産工場がフルタイムで活躍していた。
「あ、あの、写真部の方から聞いて……」
また噂の写真部……写真部ってそんなに情報通なの?
いや、情報通とかいうレベルじゃないでしょ?
更に言うと、私に聞きに来たというところも不思議。
確かにみゃーちゃんと子猫を引き取ってもらえる人を探そうという話はしていたし、今丁度それ関連で理事長室に行ってきたところではあるけれど、幾ら何でも情報早すぎない?
「そ、そうですか」
「あの、それで……」
「あ、はい。子猫の方は確かに貰い手を探す予定ではあって。ただ、まだ母猫から母乳を貰っているので、すぐにはお迎え出来ないですね。しばらくしたら……そうですね、1ヶ月後くらいから徐々に子猫に会って、2ヶ月後くらいにはお迎えしてもらえるかと思います」
「は、はい! 分かりました!」
ぴしっと背中を伸ばして、そう言った目の前の制服少女。
……そう、この子の名前を私は知らない。
「それで……あの、どちら様で……?」
「あ、ご、ごめんなさい! み、峰蛍と言います!」
とりあえず、礼儀正しいけれど1つ1つの動作が非常に大きい女子生徒はどうやら1年生のようで、その子は親を説得して子猫を買う許可までちゃんと取ってきているらしい。
……いやいや、それであれば尚の事、事情の広がり方が早すぎない?
ポスターを作るのにそれなりに時間が掛かるだろうと思ったから、早めに動いたのはあるけれど、まるで今まで一緒に居たかのようなレベルで事情を知っている。
写真部、恐るべし。
今後、周囲には気をつけておこう……。
正直なところ、峰さんについてはまだ良く知らないから、テオとノワールちゃんの子猫を託す相手として信用出来るかは疑問符が付くけれど、悪い子ではなさそう。
「そ、それとですね……」
「はい、何でしょうか?」
峰さんが話を続けようとするから、私は先を促す。
「そ、その……子猫の、えっと……その……」
峰さんは何か言いたげなのだけれど、言葉が思いつかないのか、それともよっぽど言いづらいことなのか、やけに言葉に詰まる。
……あ、もしかして私の身長が高すぎて、圧迫感があるからかな……?
「そんなに緊張しなくても良いですよ」
私が少し屈んで、笑顔でそう言うと、もじもじ少女はようやく切り出した。
「か、彼女……えっと、真白美夜子ちゃん……とはお話し、出来るのでしょうか?」
「……えっ」
今までの話の流れから、子猫を今からでも見に行きたいとか、触らせて欲しいとか、写真でもいいから撮らせてほしいとか、そういう話の流れを想定していて、どう回答しようかなと脳内シミュレーションしていた私は、思いがけない言葉に思わずフリーズしてしまった。
「あっ、あっ、あのっ、駄目なら良いんです!」
「いえ、あの、ちょっと待ってね」
私の反応を拒絶と捉えてしまったらしい後輩の子は、わたわたと慌てだしたから、私はひとまず思考をリセットし、再起動するために右手を前に出してそう言った。
「え、ええっと……一応、聞いていい?」
「は、はい、何でしょうか?」
「何故みゃーちゃ……美夜子ちゃんに会いたいの?」
私の言葉に、また峰さんが言い淀む。
「あ、別に言いにくいことであれば――」
「言いにくいことではないです! あの、ただ……ちょっと前々から気にはなっていて……それで、今回の機会があったから、折角だから会ってみたいなって思ったので……」
「なるほど」
「あ、あの、真白さんは周りの人から、頭が良すぎるから近寄りがたいとか言われてて……確かに彼女はソフトウェアに強いとか、ロボット製作も出来る頭の良い子だって噂にはなってて! でも、猫ちゃんに優しい子だって知って、本当は全然近寄りがたくはないのかもって……だから、ちょっと会ってみたいなって。あっ、でも子猫ちゃんを引き取りたいのも本当ですよ! 別に彼女に会うための口実ではなくて、ずっと猫ちゃんを飼いたいと思ってて……」
割と早口で捲し立てるように言う峰さん。
「ええ、大丈夫ですよ」
今の言葉が本当かどうかは分からないけれど、少なくともみゃーちゃんに良い意味で興味を持ってくれている子が居る、というのは少し安心した。
「美夜子ちゃんにはお話ししておきますね。後、子猫ちゃんについては、また分かり次第連絡します……あ、じゃあ連絡先を教えておいてもらえますか?」
「あ、はい! えっと、コミューで良いですか?」
「ええ」
そう言って、私はコミューの友達登録を峰さんとした。
「よ、よろしくお願いします!」
ぺこり、と大仰に頭を下げた峰さんに手を振って、去っていく背中を見つめた。
みゃーちゃんのこと、ちゃんと見てくれている子も居るんだと少し安心できたのと同時に、写真部という謎の暗躍組織についての恐怖感に近いものを感じた。
「一体、写真部ってどんな子たちなのかな……」
疑問は尽きなかったけれど、私の呟きに答えてくれる人は誰も居なかった。




