第2時限目 お友達のお時間 その9
「何処に行ったのかと思えば……スリッパで中庭に出て!」
「あ、あの――」
「言い訳は要りません。とにかく、始業式が始まりますので、早く体育館に入りなさい」
「は、はいっ」
ぴしゃん! と言い切られた私は背筋も一緒にぴしゃん! と伸ばして、上履きの砂を軽く払ってから、慌てて体育館の中に入る。
で、体育館に入ったは良いものの、3年A組の列は何処だろう。何せ、同じクラスだと分かっているのが正木さんと岩崎さん、片淵さん、工藤さん、園村さんくらい……あれ、まだクラスに入っていない割には意外と顔見知りが多いかもしれない。全然居ないからと言い訳しようと思ったのに言い訳できないじゃない。いや、それ以前に一体誰に言い訳するんだろう。
それはさておき、とにかく自分のクラスを探すためにうろうろなのか、おろおろなのかしていると、
「小山さんっ」
昨日の夕方みたく、正木さんがたたたっ、と駆け寄ってきた。また息を切らせて。
「はぁ、はぁ。なかなか来ないから気になっていたんです。クラスの列が分からないんじゃないかなと思って心配になって」
「ありがとう。ええ、見事に図星です」
「え、えへへ、それなら良かったです。こっちですよ」
先導してくれた正木さんに従って、促された列の最後尾に立つ。
「それではまた教室で」
「はい、ありがとうございました」
正木さんがふわふわと手を振って、同じ列の10人くらい前に入っていくのが見えたと同時くらいに始業式が始まったのだけれど、昨日の疲れのせいか、うつらうつら夢と現実を行き来していたら、いつの間にか始業式が終わっていた。
ふわわわわ、と小さい欠伸をしている私の耳にアナウンスの女子生徒の声が聞こえてくる。
『それでは3年E組の先頭の人から順番に退場してください』
体育館の端の列から順番に人が捌けていって、私達の列になる。太田さんが進んでいき、後に岩崎さん、片淵さんが並んで歩いて行くのが見えて、その後ろに工藤さんと園村さんが並んでいた。
私も身長がかなり高い方だったから気づかなかったけれど、この身長差を見てみると、園村さんは私と同じくらい身長がありそう。ということは175cmくらいはあるのかな?
続けて他の女の子に混じって、正木さんが歩いて行く。私が見ているのに気づいたみたいで、こちらに気づいて小さく手を振ってくれたから、私も手を振り返した。
他は知らない人がその前後を歩いて行くのだけれど、茶髪の女の子2人が喋りながらゆっくり並んでいく様子とか、車椅子を他の女の子に押して貰っているのが見えた。噂通り、色んな子が居るんだなあと思いながら、列の流れに乗ろうと私が1歩前進すると、私の前、最後の1人にがちーん! とぶつかった。もしかして、寝てるのかな?
「あ、あのー、退場ですよ?」
鼻の頭を押さえながら、逆の手で肩をぽんぽんと叩くけれども、一向に動く気配がない。ああ、これは完全に熟睡ですね。
私達が退場しないからか、徐々に体育館がざわめきメモリアルな感じになってきたので、私は仕方がないと前に回ると。
「あれ?」
この子、見覚えが。
そう、みゃーちゃんの部屋で見た、あのロボットの子だ。確か、渡部月乃ちゃんだっけ。
そっか。少なくとも苗字が渡部だから列の後ろの方に居てもおかしく――いや、そういうのはどうでも良くて!
「わ、渡部さん? もしもーし」
梨の礫とはこういうことを言うんだなあ、なんてことを実感している暇はなくて、私はやや焦りながら渡部さんを揺する。
「渡部さん、クラスに戻りますよー」
目が死んだ魚の眼なのはロボットだからなのかもしれないけれど、とにかく動いて、動いてよ! とロボットアニメの主人公みたいに懇願するのも恥ずかしいから、耳元で幼馴染が起こしてくれるようなくらいの音量で渡部さんを呼ぶ。でも全くの無反応。もしかすると、音声認識機能が壊れたとかそういう話なのかな?
渡部さんの控えめな胸元に耳を当ててみると、全くの無音が返ってくるだけだった。人間みたいに心臓の音が聞こえるわけではないと思うけれど、少なくとも昨日、みゃーちゃんの部屋の中ではこちらを向くときにモーターの駆動音がしていた。顔とか関節が動くときにしか鳴らないのかもしれないけれど、もしかして電源が落ちたか待機モードみたいな状態になってるのかも?
『え、えーっと……じゃ、じゃあ2年生のE組から続けて、退場してください』
私の奇妙な動きを察してか、アナウンスをしていた女子生徒が促してくれたから、徐々に下級生の子が退場していく。もちろん、その間じっとこっちを見ながら。
恥ずかしいけれど、この子を放っておくわけにもいかないからね!
引きずって行けないかと思って抱きかかえてみたけれど、案の定というべきか結構重い。多分、色んな機械が積み込まれているからだと思う。
「小山さん、どうしました?」
私が困っているのに気づいてくれたのか、理事長さんがこちらに歩いてきた。他の先生達の視線も集まっていて、居心地が悪いなんていう程度の生易しい物ではなくなってきている。
「あ、あの、渡部さんが動かないんです」
「渡部さん? ……ああ、美夜子ちゃんの作ったロボットの子ですか。うーん、困りましたね。私もこの子については良く知らなくて」
眉をハの字にし、動揺を含んだ声で理事長さんが言う。
「そ、そうですよね。こうなった理由はみゃーちゃんしか知らな……あ、そうか」
ピコーンと豆電球が脳内で光った、気がした。というか、何故こんな簡単なことに気づかなかったのかな。
「みゃーちゃんを呼べばいいんだ」
当たり前の話だった。むしろ、何故今までみゃーちゃんを呼ぶということに気づかなかったのか。
いや、こっちが呼ぶまで来るんじゃないにゃ、しっしってあしらわれたから、脳内プログラマーが選択肢のフラグ管理をわざと怠って、みゃーちゃんを呼ぶ選択肢を選ばせないようにしていたのかもしれないけれど。
とにかくなりふり構ってられないので、駆け足で体育館を出る。
「あ、小山さん!」
「すみません、みゃー……美夜子ちゃんのところに行ってきます」
理事長さんの反応も聞かず、私は昇降口の横にある昨日みゃーちゃんに連れられていった地下室への階段を駆け下りて扉の前に立った。




