第10時限目 融解のお時間 その28
「全く、すぐに撫でてこようとするから、油断ならんにゃ」
みゃーちゃんの言葉に、私はうんうんと頷いていたけれど、
「準と同じにゃ」
「ホントに……えっ」
頷き途中、みゃーちゃんの言葉で静止した。
「え、じゃないにゃ。準も、みゃーのところに来るといつも撫でようとしてたにゃ」
「……」
回想中………………回想終了。
あー、そういえばそうだったかな、あはは。
……いや、はい。
確かにみゃーちゃんが可愛かったから何度か撫でようとして逃げられたりしていました。
皆の視線が集まる。み、見ないで!
「何だ、準だって同じだったんじゃん」
再びジト目に戻り、私を見る岩崎さん。
「いや、まあ……そうだね」
自分のことを棚に上げて何言ってるんだ、と言われれば確かにそうかも。
「とにかく、テオに挨拶しにきただけだから、帰るにゃ」
「あ、もう帰るの?」
「ここに居たら、次何をされるか分かったもんじゃないにゃ」
そう言ってから、もう1度だけテオの頭を撫でてから、みゃーちゃんが部屋を出ていった。
本当にテオに挨拶しに来ただけだったなあ。
「うーむ、でもなんかあの撫でやすい頭は撫でたくなるよね」
「うん」
しみじみと言う岩崎さんに、私が再び即答する。分かる。
「どうにかして、懐かせることは出来ないかな」
「そういうこと言っている時点で難しいと思うなー」
身も蓋もないと言えばその通りだけれど、片淵さんがそう言って笑う。
「準、あの子をどうやって落としたの?」
「いや、落としては……」
私がそう言い掛けて、でもあの場面……私に抱きつくところを皆が見ていたのだから、少なくとも一定レベル以上の好感度があることは明白ではあるのだけれど。
「少なくとも、うちの学校の中では1番仲が良いんでしょ?」
「そう……なのかな」
「そうだよ! ってことで秘訣は?」
ぐいっと岩崎さんが近づいてくる。
「ええっと……どうだろう。時間を掛けて、ゆっくりと距離を詰めるというか……」
当たり障りのないというべきか、中身が無いと言うべきか、とにかくそんなことを言うと、
「いやいや、準が最後にこの学校に入ってきてるのに、1番仲が良いってことは何かしらあるんじゃないの?」
ぐいぐいっと岩崎さんが更に追及の手を休めない。
もちろん、間違いなく理由は“性別上の話”になってしまうのだから、本当のことは言えないのだけれど、なんて返そうか。
……あれ?
性別の話をみゃーちゃんが知っていたとして、私が男であることがイコール気に入ることとは、また別の話であるような……ううん、推定ではなく、間違いなくそうだよね?
じゃあ、何故みゃーちゃんは私のことをそこまで気に入っているの?
「準ー」
三度、岩崎さんの追及に、
「え、ええっと……まずは美夜子ちゃんじゃなくて、みゃーちゃんって呼んであげることかな」
と脳から逃げ出していた意識を再度埋め込んだ私は慌ててそう言った。
「ふーん……? ってか何で、名前で呼ばれたくないんだろ」
「あー……そういえばそうだね」
岩崎さんの疑問形に、私も首を捻る。
その辺りの話は多分、大きさは不明だけれどほぼ確実に地雷を踏み抜くと思われるし、みゃーちゃんにまだ聞けていない。
1つだけ確実なのは、みゃーちゃん自身が「苗字が無い」と言っていたという事実だけであって、おそらく家庭の事情なんだろうと思うけれど、だったら尚の事特大サイズの地雷になりそうだし。
「とにかく、彼女がして欲しがっていることをしてあげるのが良いんじゃないかな」
「んー……でも、準も撫でようとしてたのに、懐いてるんでしょ?」
「ま、まあ……」
「納得がいかない」
まあ、それはご尤も。
「もっと仲良くなった後だったからとかかねー?」
片淵さんがそうフォローしてくれるけれど、むしろ私自身、みゃーちゃんと仲良くなったのがいつの時点からなのか、というのも自分自身良く分かっていないし。
「まあまあ、それはともかく、あのノワールちゃんも無事に寮長室に引き取られることになったんだし、アタシたちは帰ろうかねー」
「あ、確かにもうそんな時間……って都紀子、時間ヤバくない!?」
スマホの時間を見て、岩崎さんが俄に慌てだして……急速に落ち着いた。
「って、そっか。もう今は大丈夫なんだっけ、門限」
「うん、そだよー。あれからかなり門限は緩くなったし、お母さんも大分変わったしねー」
片淵さんがたはーと笑いながら言う。
「もちろん、完全に変わった訳ではないけどー」
片淵さんの言葉に、私もほっと胸を撫で下ろす。
本当に色々あったけれど、最終的には丸く収まったというのは良かった。本当に良かった。




