第10時限目 融解のお時間 その23
素直さがぎゅんぎゅんと伸びているみゃーちゃんに、私はひとまず胸を撫で下ろしたところで。
「あの、それでノワールちゃんはどうします?」
坂本先生にそんなことを言われて、ふと意識を戻す。
そういえばそうだった。
「あのね、みゃーちゃん」
「寮に移る話なら聞いたにゃ」
私の言葉を遮るようにして、みゃーちゃんが答えた。
「正直、地下から出たくはないにゃ……でも、ノワールのためだから、仕方がないにゃ」
そう言って、みゃーちゃんはダンボールの中のノワールちゃんの頭を撫でる。
素直さが青天井になっているみゃーちゃんの言葉に、思わず私もみゃーちゃんの頭を撫でてしまうけれど、しばらく目を細めつつ素直に撫でられていたみゃーちゃんは、
「こ、子供扱いするんじゃないにゃ!」
と頬を赤くしながら飛び退いた。
「みゃーちゃんが可愛かったから、つい」
私の言葉に、もう1段階赤色の濃度を上げたみゃーちゃんは、
「と、とにかく行くにゃ!」
とノワールちゃんのダンボールを持ち上げようとしたけれど、多分慌てすぎてしまったからと思う。
「あっ……」
足をもつれさせて、転びそうになったみゃーちゃんを持ち上げたダンボールごと、私はがっちりとキャッチ。
「ほら、慌てるからー」
茶化す岩崎さんだったけれど、私はもう1度ぎゅっと抱きしめて、
「ゆっくりで良いからね」
とみゃーちゃんに声を掛ける。
「…………ごめんなさい、にゃ」
素直にそう言ったみゃーちゃんは、バツが悪そうに私から視線を外した。
「寮に向かうのも良いですが、その前にみゃーちゃんの着替えとか持っていかないといけないから、まずはみゃーちゃんの部屋に行きましょうか?」
正木さんの言葉に、片淵さんが同調する。
「んだねー。ノワールちゃんの出産が何日掛かるかは分かんないけど、しばらくは寮生活になるだろうしねー」
そう言った片淵さんが更に言葉を続ける。
「あ、でも行くにしても全員で行く必要も無いかねー? 先に寮長さんに事情を話して、寮の部屋を準備しておく人が居ても良いかもねー」
片淵さんの提案に、
「ああ、綾里……寮長さんには私から話を通しておきますから、先に部屋の準備をしておいて良いと思いますよ」
と坂本先生が答えてくれた。
申し出はありがたい……のだけれど。
「ありがとうございます。ただ、部屋の鍵は寮長室にありますし、申請書を書かなければいけないはずなので、どちらにしても一旦寮長室に行かないと……」
大隅さんたちが部屋を借りたときも、片淵さんが部屋を借りたときも、一旦寮長室に行って、申請書を書いてから鍵を受け取っていた記憶が。
「ああ、それなら寮長さんに先に電話しておけば、多分鍵を先に準備して持っていってくれると思いますよ。事情が事情ですし、申請書も無しで良いと思いますし」
にこりとして、坂本先生が言う。
……ああ、そうか。
みゃーちゃんはそもそも1人での地下室生活が許されている時点で色々ありそうだから、色々免除されているのかも。
「んじゃ、準とあたしはそのダンボール持って、寮に行っとこうか。紀子と都紀子はそのちっこいのと着替えを持ってきて」
「ちっこいの言うにゃ!」
うがーっ、とみゃーちゃんが噛み付くけれど、岩崎さんは意に介さず、
「ほら、準。行くよ」
と言って私を促す。
「あ、でも、ノワールちゃんにストレス掛けないようにしないといけない気がするし、やっぱりみゃーちゃんに持ってもらった方が……」
私の心配に対し、みゃーちゃんがまたノワールちゃんの頭を撫でて、
「ノワール、準なら大丈夫だから、ちょっとの間だけ素直にしてるにゃ」
と言うと、ダンボールの中の黒猫ちゃんは一瞬ちらりと私の方を見てから、顔をシーツの中に突っ込んだ。
……分かってくれた、のかな?
「これで大丈夫にゃ」
「う、うん。じゃあ、正木さん、片淵さん、みゃーちゃんをお願いします。坂本先生もありがとうございました」
「はい、分かりました」
「任されたよー」
「気をつけて戻ってね」
私がノワールちゃんのダンボールを抱え、岩崎さんと私は保健室を出て、一路寮へ向かう。
「……岩崎さんのことだから、みゃーちゃんと一緒に行動すると言い出すかなと思ってたのだけれど」
私の言葉に、あははと苦笑いしながら、岩崎さんが答える。
「まー、ちょっと構いすぎて機嫌悪くなっちゃった感あるからさ。ちょっとだけ我慢しようかなーって」
あ、ちゃんと分かってたんだ、なんて少し失礼なことを思う。
「分かっているなら何で?」
「いやさ、ほら、構い過ぎたら駄目だと思っても、目の前に居るとこう、撫でたくなるじゃん?」
「それは分かる」
思わず、ほぼノータイムで私も同意してしまった。
さっきの私も同じ状態だったし。
「だから、自戒っていうか自重っていうか、そんな感じで離れた方が良いかなって。紀子には懐いてるみたいだし、都紀子もそういうとこはちゃんとしてるからね」
「まあ、そうだね」
正木さんと片淵さんなら大丈夫だという安心感は、確かにあるかも。




