第10時限目 融解のお時間 その21
「ごめんなさい、準」
そう言いながら、私に顔を押し付けてくるみゃーちゃん。
本来は胸に飛び込んだつもりだったのだろうけれど、身長差がかなりあるからお腹辺りに顔を埋めてしまったのはご愛嬌かな。
「みゃーが準を巻き込んだから、準は怪我しちゃった」
”何に”の部分をぼやかして言っているけれど、間違いなく吸血鬼探しのことだよね。
やっぱり、みゃーちゃんはあのときのことを未だに気にしていたみたい。
私はみゃーちゃんに心配を掛けないように、
「別に怪我というほどではないから、大丈夫だよ」
と笑いながら髪を撫でるのだけれど、みゃーちゃんは必死に首を横に振る。
諸事情で犯人が誰だったかを話すことは出来ないけれど、むしろあのおかげで園村さんや工藤さんと仲良くなったのだから、褒めることこそすれ、腹を立てることは無い。
ただ、客観的に見ればまあ確かに、私は巻き込まれただけの側に見えてしまうから仕方がないかな。
「何の話?」
事の顛末を知らない岩崎さんが声を掛けてくる。
「ああ、えっと……」
何処まで事情を話し、何処からを話さないようにした方が良いかと少し考えてみたけれど、正直あまり綺麗に話を切り分けられそうになかったから、
「私が鈍くさくて怪我したのを、みゃーちゃんが自分のせいだと思ってるって話」
と間違ってはいないけれど、正解には程遠い回答をした。
「ふーん……?」
私のふんわりした答えに、私がそれ以上言いたくないことを察してくれたのか、それとも聞いてみたもののあまり興味がなかったのか。
どちらにしても、岩崎さんはそう言ったっきりで、質問のおかわりは無かった。
「別に気にしてないから大丈夫なのに」
「みゃーが気にするにゃ」
「うーん……そっか」
まあ、確かに私だって「大丈夫大丈夫、気にしてないから」と言われて「あ、そっかー。じゃあ安心だね」みたいな割り切り方が出来るタイプではないから、みゃーちゃんの言いたいことは何となく分かる。
「だから、もう準には近づいちゃ駄目だって。でも、ノワールが全然動かなくなっちゃって、インターネットで色々調べても、悪い病気の名前ばかり出てきちゃって……」
「ああ、そっか」
みゃーちゃんは、多分同年代の子よりも賢い分、色々調べたんだろう。
そして、その分だけ色々な悪いパターンも想像してしまって、どうしようもなくなってしまったのだろうというのも容易に想像できる。
……そういえば、さっきまで語尾が猫っぽかったのに、今は完全に消滅しているということは、きっと今が本当の素のみゃーちゃんなんだろうな、なんてふと思った。
「だから怖くなって、ノワールを連れて、準のところまで行ったの……」
「でも、こういうときは普通、先に先生たちを頼るんじゃないの?」
岩崎さんが手近にあったベッドに座って言うと、
「……」
とみゃーちゃんが押し黙る。
「それだけ、小山さんが頼りになるって思ってたから、じゃないかな」
「え、ええ? 私、そんなに頼りになりませんか?」
みゃーちゃんの態度と正木さんの言葉に、しゅんとしてしまった坂本先生。
「違うにゃ。ただ、みゃーは……」
おそらく言い訳しようとしたのだろうけれど、最終的にみゃーちゃんの口から出てきたのは、
「……うん、準の方が頼りになると思ったにゃ」
「酷いですよ?!」
一層、私にぎゅっと抱きついたみゃーちゃんの言葉で、坂本先生がぎゃわん! と半泣きになった。
きっと、先生にもいつも甘えてばかりだったから、とかそういう理由なんだろうけれど、彼女が何も言わないのであれば私ももう追求する必要はないかなと思い、静かに話を聞いた。
「とにかく、迷惑掛けてごめんにゃ。代わりに、何か言うこと聞いてあげるにゃ」
いつもの口調に戻ったみゃーちゃんは、ぐしぐしと目を擦ってからそう言った。
「あたしにはー?」
ジロリと、睨むというか流し目というか、そんな視線をみゃーちゃんに送った岩崎さんに対して、
「……すまんにゃ」
と一言だけ言った。
「誠意が感じられないけどー」
「まあまあ」
正木さんがムッとした岩崎さんを宥める。岩崎さんが言いたいことも分かる。
しかし、言うことを聞いてあげる言われても……。
「あ、そうだ」
そういえば、1つだけみゃーちゃんにお願いしたいことがあるんだった。




