第10時限目 融解のお時間 その18
「これでしばらくは大丈夫かな」
私の言葉に、はぁぁぁと心底安心した吐息を出したみゃーちゃんは、その場にへたりこんでしまった。
「つ、疲れたにゃ……」
いつも地下室で1人きりのみゃーちゃんにとって、ノワールちゃんは大事な家族だろうから、私が思っている以上に心を痛めていたんだろうと思う。
……あまり、考えないようにしていたけれど、そういえば本当の家族はどうしているんだろう、ということに思考が至ってしまった。
でも、この状況で聞くわけにもいかないから、私は脳内に生まれたその疑問文をぽいっと意識の彼方へ投げ捨てた。
「あ、それなら保健室のベッド使いますか?」
坂本先生の言葉に、
「部屋に戻……」
と言い掛けてから、ぴたりと静止したみゃーちゃん。
数秒の後、頭を振ってから、
「やっぱり、保健室で寝るにゃ」
と答えた。
三度の飯より地下が好き、とまでは言っていなかった気がするけれど、人に囲まれているこの状況で、保健室に残るというのは何故だろう、と思っていたらどうやら同じことを考えていた人が近くに居たみたい。
「あたしたちが居るし、さっさと部屋に戻りたいとか言い出すかと思ってたけど」
保健室のベッドによじ登っているみゃーちゃんを抱えて、ベッドに持ち上げた岩崎さんが疑問を投げかけると、
「……ノワールが心配だからにゃ」
と言ってから、いそいそと布団の中に潜り込んだみゃーちゃん。
「あー、まあここなら先生たちも居るから安心……ってあれ? ってことはこの子、保健室に置いとくってこと?」
岩崎さんの疑問符に、ああそういえばと言葉を頭に付けてから坂本先生が答えた。
「ここに置くことは別に構わないですよ。ただ、夜中は学校には居ませんから、その場合はみゃーちゃんの部屋に戻してあげましょうね」
「……、分かったにゃ。皆が帰るまでにゃ」
一瞬だけ戸惑いの表情を見せたみゃーちゃんは、すぐに表情を戻して頷いた。
「……」
多分、だけれど。
ノワールちゃんは病気になったわけではないと分かっても、もし自分1人のときに子猫が生まれてきてしまったらどうしよう、とそう思っているんじゃないかな。
だからこそ、みゃーちゃんは坂本先生の言葉に対して、答えを一瞬だけ躊躇して、でも素直に頷いたんじゃないかなと思う。
「みゃーちゃん」
「…………」
「みゃーちゃん?」
布団に潜ったみゃーちゃんの顔を見ると、既に夢の住人になっているようだった。
「寝ちゃった」
「疲れていたんですね」
正木さんがみゃーちゃんの髪を軽く撫でながら、慈しみの表情を見せる。
「私、彼女についてはテレビで見たことがあるだけで、ずっと近寄りがたい子だと思っていましたが……本当は見た目通り、まだ子供なんですね」
「ええ、そうですね……」
正木さんの言葉に呼応するように、岩崎さんも口を開く。
「ま、今なら準があのときあんだけ怒ったのも分かる、かな」
私に背を向けたまま、そう呟いた岩崎さんは言葉を続けた。
「……ごめん、準」
「ん、気にしてないよ。私も角が立つような言い方して、ごめん」
「……」
ぐしぐし、と何かを擦るような音が僅かに聞こえたけれど、私は聞かないフリをして、坂本先生に尋ねた。
「ノワールちゃん……とみゃーちゃんのことなんですが」
「はい、何でしょう?」
私の言葉に、眼鏡の奥の瞳をパチクリさせる坂本先生。
「みゃーちゃんと一緒に、寮で面倒を見ることは出来ないでしょうか」
「寮で、ですか」
「はい。まあ、授業中は私たちも居ないですが、普段益田さんも居ますし」
そう言ってから、結局他人任せになってしまうことに気づいて、慌てて弁解するように、
「あ、でも益田さんに負担が掛かるので、益田さんが駄目だと言わなければですが」
と言葉を付け加える辺り、私はまだまだ成長していないなと感じるわけだけれど。
「確かに、保健室では不特定多数の子が来るのもあって、ノワールちゃんを触ろうとする子が出てくるかもしれませんし、寮の方が安全かもしれないですね」
ナイスアイデア! と目で語った坂本先生だったけれど、
「ただ、そうするとみゃーちゃんも寮に住まないといけなくなるわけですが……」
と私も不安になる言葉を口にする。
確かに、みゃーちゃんが部屋を出てくるだけでも珍しい気がするのに、生活拠点を寮に移すなんて出来るかはかなり怪しい気はする。
でも、さっきの様子からすると、ノワールちゃんの面倒を見るのは寮の方が安全だと分かれば、自分の信条というか部屋に戻るよりもノワールちゃんの安全を優先するかもしれない。
「起きたら、聞いてみましょうか」
「……そうですね」
悩んでも仕方がないことは悩まない。
その方がずっと良いことは分かったから。




