第10時限目 融解のお時間 その12
「うーん……よし」
何がよし、なのかと私が目を瞬かせていると、片淵さんはてってってと月乃ちゃんの机へ。
身振り手振りを交えつつ、何やら話し掛けているようだったけれど、カップラーメンすらまだまともに出来ない時間で戻ってきて、大げさに額の汗を拭くような仕草をした。
「ふー、やっぱり手強いねー」
「でしょう?」
「もしかすると準にゃんはまだ転校生だから、つきのんにちゃんと認識されてないとかあるんじゃないかなーって思ってさー。そしたら、もしかするとアタシでもワンチャンあるかなーって思うよねー?」
確かに、その話はありえないということは無いかもしれないけれど、体育館ではちゃんと私の名前を呼んでいたはずだし、認識はしてくれている……と思いたい。
何にしても、結論としては何の成果も――
「んじゃ、次は紀子ちんだねー」
「……えっ?」
完全に自分は対象外だと思っていた様子の正木さんが、片淵さんの言葉で動揺する。
いや、まあ今の流れならそうなるよね、って思うのだけれど。
「え、ええっと……」
正木さんはちらり、と私を何故か見る。
「わ、分かりました、ちょっと聞いてみます」
たったった、と小走りに月乃ちゃんに近づいていく正木さん。
……いや、何故って深く考えなくても、2人共私がみゃーちゃんと会うために協力してくれているからであって、むしろ何でだろう? という疑問を持つこと自体がおかしいレベルだよね。ごめんなさい、感謝しています。
ただ、頑張ってくれたけれど、結果は述べるまでもなく。
片淵さんを撃沈した返す刀でバッサリといかれてしまった正木さんは、月乃ちゃんからの前から引き上げてきて、
「うう……全然話を聞いてくれません」
と半べそをかいていた。お、お疲れ様です……。
「紀子ちんでも駄目かー。でもそうすると、他に誰か知り合い居るかねー?」
「……あ、咲野先生とかは話聞いてみました?」
半べそから立ち直りかけの正木さんの言葉に、私は首を横に振る。
「いえ、まだ。ただ、先生ではないけれど、桜乃さんのお母さんとも会ってくれていないみたいで」
「桜乃っちのお母さん? 何で?」
「桜乃さんのお母さん?」
ほぼ同時に、私に対する疑問の言葉が出てきた正木さんと片淵さん。
あれ? 話していなかったっけ?
「最近、デスティニーワールドで私と岩崎さんが地下室に連れて行かれたときに居た……って話、しませんでしたっけ?」
「……あー、そういえば居たって話はしていたような気がするけど、そのちっちゃい子とどういう関係があるのかねー?」
片淵さんの疑問に、そこも説明してなかったっけ? と記憶を追いかけてみる。
………………あ、確かに話してなかった、気がする。
私は胸パッドを作ってもらったとかいう情報は伏せつつ、デスティニーワールドの新アトラクション構想の際に一緒に働いていたらしいと話した。まあ、嘘は言っていないよね。もっと前から知り合いだったかもしれないけれど。
「とにかく、桜乃さんのお母さんとみゃーちゃんはある程度以上の知り合いではあるみたいだけれど、そのお母さんでも最近会えてないとか」
「うーん、それは本格的に手強そうだねー」
あはは、と苦笑いする片淵さん。
「うん、本当に。仕方がないのだけれど」
「でも、そこまでそのみゃーちゃん? に会わなければならない理由ってなんでしょうか。前に言っていた、あの黒猫ちゃんのためだけですか?」
「えっと……」
そうやって改めて聞かれると、確かにその話題以外は目立った内容が無いのだけれど。
「まあ強いて言えば、確かにその話題だけではあるんですが、ただノワールちゃんをあまり部屋から出さないようにと話をしておかないと、誰かがノワールちゃんにちょっかいを出すおそれがあるから、でしょうか」
情報源が写真部の子かどうかは断定出来ていないけれど、何にせよ岩崎さんに話をした人が他の人にも同じ内容をばらまいていないとは限らない、というかむしろばらまいている方が確率は高いと思う。
そう考えると、早めに手を打っておく必要はあるかなと。
「まー、確かにそうかもねー」
私の言葉に、片淵さんが同意する。
「一応、真帆ちん以外の子にそれとなく探りを入れてみてはいるんだけど、確かにあの話自体は何人かに広まってるっぽいんだよねー」
探りを入れているって、なんだか探偵みたい。
「ううむ、どうしよう」
「……悩んでも仕方がないことは、悩まないようにしましょう、ね?」
深く考え込み始めた私に、正木さんが私の顔を覗き込みながら笑顔でそう言った。
「…………そうですね」
確かに今悩んだところで、何の解決もしない。
もう少し時間が掛かってしまうのは仕方がないけれど、何か良い方法が思いつけばいいな。
そう思っていたのだけれど。




