第10時限目 融解のお時間 その11
翌日の休み時間。
「よし」
アンドロイドというには、完全に風景というかクラスに溶け込み過ぎなくらいに溶け込んでいるように見える少女は、教室前方の黒板前の席にちょこんと座っていた。
ちなみにその少し後方、相変わらず機嫌を損ねている岩崎さんはさっさと他の子たちのところへ移動してしまっている。
……もちろん、みゃーちゃんのことを気にしだしたから忘れたわけではないけれど、今の岩崎さんは不機嫌な猫系女子状態だから、しばらくは関わらない方がお互いのためのような気がする。
それはそれとして、良く良く見ると月乃ちゃんは授業が終わってから微動だにしていない。
前みたいに電源切れでなければ良いけれど。
神出鬼没なノワールちゃん以外で、みゃーちゃんとの非常に数少ない接点だから、接触してみる価値はあるはずと思いつつ、私は授業が終わって近づいてきた片淵さんとは逆に、軽く手を上げて挨拶だけして、教室前方へ。
あれ? と疑問を隠さない表情の正木さんと片淵さんを席に置いて、私は月乃ちゃんの前に立つ。
……ええっと、なんて言えばいいかな?
「ねえ、月乃ちゃん」
確か、昔お父さんが使っていた音声認識ソフトでは、呼びかける言葉の後に名前を付けるという定型文があったと記憶しているから、ひとまずそれに倣って声を掛けてみる。
すると、
「はい、何でしょう」
と前にも聞いた覚えのある、無感情なトーンで月乃ちゃんが発声した。どうやら、考えは当たりだったみたい。
「え、ええと、みゃーちゃんと会って話がしたいのだけれど、地下室の部屋を開けてもらうことって出来ない?」
みゃーちゃんという呼び方が月乃ちゃんの言語データベースに登録されていなければ、何を言っているか理解できないかもしれないけれど、それは杞憂だとすぐに分かった。
「美夜子様との面会は出来ません」
……にべもなく拒絶の回答が返ってきて、別の問題が発生してしまったけれど。
「あの、みゃーちゃんと話したいの。だから、彼女と会いたいの」
「美夜子様は自分から呼ばなければ、会わないとおっしゃっております」
「それは分かっているのだけれど」
「…………」
実にロボット的な回答。
ある程度、分かってはいたけれど、やはりここまで冷たく拒絶されると悲しいものがある。
多分、クラスメイトの子たちも最初は物珍しく、色々質問とかしていた子も居たのだろうけれど、いつもこんな冷酷な対応ばかりだったから、みんな寄り付かなくなったんじゃないかな。
私はロボットとのやり取りというものはこんなものだと思っているから、さほど残念とは思わないけれど、それでも独り相撲をずっと続けているような気はしてしまう。
そして何より、姿形はほぼ人間だというのに、全く表情や体を動かずに声だけで回答するのは結構精神的にくるものがある。
目も合わせずに「あーあー、そういうことねー、なるほどー」と一切貴女には興味ないですよ的反応にしか見えないから。
おそらく、無駄な電力を消費しないように、できるだけ省エネモードで動いているんだろうということは脳では理解できるのだけれど、心までがそう都合よく理解してはくれない。
だからといって、何としてでもみゃーちゃんとは話をしなければならないと思っているし、ここでへこたれているわけにはいかない。
思いつきで、代案を出してみる。
「みゃーちゃんに直接会えなくても良いけれど、代わりに言葉を伝えられない?」
かなりアバウトな尋ね方だったけれど、月乃ちゃんからの回答はこうだった。
「録音機能であれば使用可能です」
「じゃあ、その録音機能を使いたい」
「管理者権限が必要です。パスワードをどうぞ」
「……?」
え、パスワードが要るの?
いや、そもそもそれって使用可能って言っていいの?
「ごめんなさい、パスワードは分からないわ」
「キャンセルします」
これは……中々に手強い。
ふう、と溜め息を吐いてから席に戻ると、
「どうかしたんですか?」
と正木さんが不安げな表情で迎える。
「ええ、まあ……」
「あの猫の飼い主の、ちっちゃい子関係かねー?」
小さいというほど片淵さんは……いや失礼、とにかく片淵さんがそう言ったから私は素直に首を縦に振った。
「彼女とちょっと話をしたくて。ただ、彼女は自分から私を呼び出さない限り、会えないの」
「にゃっはっは。なんか都合の良いときにだけ彼女を呼び出す、チャラ男みたいな感じだねー」
「ま、まあそんな感じ……なのかな」
チャラ男というよりは、寂しくなったら抱きしめたくなるテディベアの特大ぬいぐるみみたいな……うーん、こっちもちょっと例えが良くないかな。
ってそんなことはどうでも良くて。




