第10時限目 融解のお時間 その9
「そのお話からすると、美夜子ちゃんは小山さんを巻き込んだことに責任を感じて、小山さんを近づけないようにしているみたいですね」
「近づけないように……というのは、自分と関わるとまた怪我してしまうとか、そういう意味ですか?」
「ええ、おそらくですが。前にも言ったような気がしますが、私もここ数週間彼女と会っていなくて……というか、そもそも部屋に入れなくて」
しゅん、としてしまう桜乃さんのお母さん。
「え、セキュリティのドアの設定は桜乃さんのお母さんがやっているのでは?」
「正確には、私が設定したのは入り口のドアだけで、更にその奥にある部屋、美夜子ちゃんが寝泊まりしている部屋は美夜子ちゃん本人とその飼い猫のノワールちゃんしか入れないんです」
ああ、あの部屋かー、とねこねこファンシーなみゃーちゃんの寝室を思い出した。みゃーちゃんが見せる普段のクール少女を気取った感じとは裏腹な感じだったけれど、そのギャップが可愛らしいというか、むしろ心の内側に押し込んではいても、年頃の少女らしい本来の姿が見れたようでちょっと嬉しくもあった。
それはさておき、桜乃さんのお母さんの言葉を聞きながら、これって今からもし、みゃーちゃんの部屋の入り口が開けられるように設定したところで、桜乃さんのお母さんと同じくみゃーちゃんが奥の部屋に逃げ込んだら、結局話も何も出来ないよね、という当然の状況に気づいて苦笑い。
まあ、つまりやっぱり無理してセキュリティドアの設定をしにいかなくて良かったんじゃないかな。
「そもそも、私はソフトウェアとかは専門じゃないので、元々は先輩から貰ったソフトに設定を追加するだけのお仕事だったんですが……だから私は、ちょっとだけソフト触ったことがあるだけで、別に専門じゃ……」
ぶつぶつ、とまた不満というか桜乃マザーダークサイドが見え隠れし始めたところで、
「と、とにかくみゃーちゃんの心を開く何かがあればいいんですが……」
と私が話を挿げ替えたところ、
「あ、ああ、そうですね、ううーん……」
と桜乃母の思考はどうにか軌道修正出来たらしい。これでしばらくどうにかなるかな、と思ったのも束の間。
「すみません、私も全然思いつかないです……」
さほど時間も掛からず、そんな答えが返ってきてしまった。
まあ、そんな彼女の心がノーガードセキュリティならば、みゃーちゃんはきっと今頃友達100人出来るかな、とかいう状態だったに違いない。
「と、とりあえず、私の方でも何か考えますから、何か聞きたいことがあればこの電話番号に連絡してくださいねっ。今の胸パッドとか、こ、股間パッドとか……あ、ああ、ええええっと……」
盛大に挙動不審になる桜乃母は、しばらく辺りを気にしてから、声量を大きく下げて言う。ここ、私の部屋だから私と貴女しか居ないのですから、周囲を心配するほどの状況ではないと思うのですが。
「あ、あの、股間の方とかは違和感ないですか? あの、お、おと、男の子隠しパッドのところは」
「え? ……あ、え、ええっと」
小さくも、はっきり言ったその言葉は、そりゃあ挙動不審にもなりますよね、という内容だった。
なるほど。この話題ならば万が一、億が一でも聞かれてはまずい内容だから、周囲を気にするのも頷ける。
「わ、私も自分には付いてないものなので、サイズがちょっと分からなくて、お、おお、大きすぎてブカブカとかっ、逆にキツキツとかっ、そういうのは大丈夫でしょうかっ」
「え、えええ、えっと、は、はい、丁度良い、です……」
「ちょ、丁度良いですかっ。そ、それは良かったですっ!」
……というより。
「あ、あの、私のことって……何処まで知っているんでしょうか?」
正直、聞くのが怖いけれど、こういう聞き方なら何のことか分からなくても聞かなかったことにして誤魔化――
「えっと、あ、小山さんが男の子っていう話ですかっ」
――す必要、無かったですね、はい。
はっきり聞いていないから、もしかして全部知っていると言いつつ、実は肝心なところを知らないとか、前に坂本先生に胸パッドが見つかったときみたいに、胸が大草原なところを気にしているとか、お尻がこの頃流行りの女の子サイズなところを気にしているとか、そういう話だけかと思ったけれど、そんなことはなかった。
まあ、下半身の突起物隠しパッドの製作者が使用者を知っている時点で性別を疑わない訳がないし、思い返してみれば桜乃さんのお母さんが、私に対してうちの娘とお風呂に入って素肌を見たかどうかというやり取りを発生させた時点で、既に男だって気づいていると思って間違いないはずだったのだけれど、一縷の望みに掛けてみようと思った私に対して批判される謂れはない……いや、あるかな、あるかも。
「あ、あの……」
「大丈夫ですよっ。娘には話をしていませんっ」
「そ、そうなんですか」
「ええ。だって、こんなおいしい状況、なかなか無いですからねっ!」
おいしい……? 何を言っているのだろう、この人。
「必要だったら、色んなサイズのパッドも準備出来ますよっ! それも、一般的に触ったり、揺れたりすると妙な変形するような粗悪品じゃなくて、ぴったりと人間の体とフィットする完璧に、完全に、完全無欠なパッドですからねっ! あ、更に更に! 柔らかい系と張りのある系が――」
「あ、はい……」
分かった。
この人、前に高分子化学が専門とか言っていたから、私用のパッドを作ることが楽しくて仕方がないんだ。
ま、まあ、別に良いけれど。




