第10時限目 融解のお時間 その2
「うちの学校に徘徊してる黒猫ちゃん居るじゃん?」
「うん、えっと……ノワール、ちゃん?」
丁度さっき話題になったからか、正木さんが岩崎さんの言葉に頷いてから、ちらっと私を見る。
「何、ノワールちゃんって」
何を言っているのこの子、とばかりに岩崎さんが正木さんを怪訝な目で見たものだから、私は慌てて注釈をつける。
「えっと……あの黒猫ちゃんはみゃーちゃん……あ、地下室に住んでる女の子が飼ってて、その名前がノワールって名前なんだって」
「はー、あの子にそんな名前付いてるなんて知らなかった。てかなんかカッコいいけど、何語?」
「ドイツ語……じゃなくてフランス語で黒、だったかな」
大分前に小説で読んだ気がする。そのときも黒猫の名前だったような。
「あー……なんかあれだよね。日本語に直しちゃうと残念なパターンだよね」
「日本語に直してもクロちゃんだから、別に可愛いと思うけどなー」
ちょっと残念そうな岩崎さんに対して、いつものにひひ笑いしながら片淵さんが言う。
「何だっけ……中二病? とかいうヤツじゃん」
「中二病?」
今度は私が聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「あー、なんかちょっとカッコいい感じの言葉を使ってみたくなる、中2くらいの斜に構えた感じっていうか、背伸びした感じのことを言うんだって」
「そんな言葉あるんだ」
聞いたことはなかったけれど、確かに小学校の子から見ても中学生ってすごく大人に見えるし、中学生くらいになってくると急に自我が成長するっていうか、一種の全能感を持ってしまうのは分からないでもないかも。
「……あ、それでそのノワールちゃんが吸血鬼……っていうのは何故?」
大分脱線した話を、正木さんの言葉が戻す。
「それがさあ、そのノーワルちゃんだっけ? 最近やけにお腹大きくなってるじゃん?」
「ああ、うん……」
それもさっき話していたばかりですよね、とおそらく言っているんだろうと思われるアイコンタクトが正木さんの方から飛んで来たからそうだよね、と思いを込めて視線を返した。
「あれ、とある情報筋から、実は血を吸いすぎて膨らんできたからなんじゃないかって」
「えー? 流石にそれだけでは決めつけすぎないかねー」
期待していたシュークリームの中に入っているクリームが、開けてみたら半分も入ってなかったみたいな表情で答えた片淵さんの反応は尤もだと思う。事情を知らなかったとしても、それだけで決めつけるのはちょっと、と思う。
「いや、そもそもさ、吸血鬼なんて非常識な存在である時点で、ありがちな考え方では見つからない可能性が高いじゃん?」
「ま、まあ確かにね……」
「だから、ありえないことがありえるってこと!」
まさか知り合いのポンコ……天然クラスメイトが吸血鬼だなんて思ってもみなかったけれど、確かにありえなさ具合はノワールちゃん吸血鬼説も同じくらいだし、ありえなさそうだからありえるのかも。ちょっと自分でも何言っているのか分からないけれど。
「で、あの子が急にお腹が大きくなってきたタイミングと、急に吸血鬼が出なくなったタイミングもほとんど一致してるし、今までかなり友好的っていうか甘えん坊だったノワールちゃんが急に凶暴化してるって噂も聞いたよ」
確かに状況を並べてみると、そもそも前提が存在しないはずの吸血鬼について考えるという意味であれば、100%ありえないというわけでもない気はする。
「もしかして、そのお腹に溜まってるのは人の血ってことー?」
ふぅむと思考中の片淵さんが尋ねると、
「そういうこと」
とうんうんと頷く岩崎さん。
「い、いや、でも人間だって水とか飲んでも、そんなにずっとお腹の中に溜まっていることは無いと思うんだけど……」
私の言葉に「と思うじゃん?」と頭に付けてから、言葉を続けた。
「それもとある情報筋の話からすると、元々あの黒猫ちゃんが吸血鬼だった訳じゃなくて、吸血鬼に取り憑かれたとか、吸血鬼に感染したのがあの黒猫ちゃんだったということみたい」
「吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になるとかいうアレ?」
片淵さんの言葉に力強く頷く岩崎さん。
「そうそう、それそれ。で、本来は吸血鬼ではないのに血を吸ったから血を吸収できない呪いに掛かってて、って考えたらそれっぽくない?」
「あー……それなら、ちょっとアリかも」
って片淵さん、納得してしまった。本気かどうかは知らないけれど。
正木さんも少しばかり目からなるほど感を出しているし。
いやいや、それは絶対に無いでしょう、と思っている私の方がむしろ少数派?
ただ、さっきから出てきているこの「とある情報筋」というのは一体誰なんだろう。岩崎さんの友達なんだろうと思うけれど、良く学園モノとかに居る新聞部とか放送部とか、謎の情報収集手段を持っている人たちなのかな?
っていうかそもそも、うちの学校にそんな部活有ったかな?




