第2時限目 お友達のお時間 その6
「それでは、また」
「あ、小山さん」
「はい、何でしょう?」
立ち上がった私を引き止めた白衣姿の保健の先生は、
「ちょっとタイが曲がってますから……ちょっと待って下さい」
立ち止まった私の前で少し屈んで、私の胸元のクロスタイに手を伸ばした。
「クロスタイってちゃんと真ん中で留めないと見栄えが悪くなってしまいますから、留める場合はしっかり鏡を見て留めるか、どうしても自分では上手くいかなければ、寮に居る他の子に直してもらうと良いと思いますよ」
「そ、そうですね」
少し薔薇のような少し強めの甘い匂いがふわりと香って、少したじろぎながらも私は何とか頷く。
「咲野先生のクラス、こう言っては何だけれど……少し変わった子が多いから、よろしくお願いしますね?」
「はい…………えっ」
変なことを考えないように意識を数百光年先辺りの星に置いてたから、坂本先生の言葉で急速に意識が地球の引力に引き寄せられてびたーん! と私に猛スピードでぶつかった。ああ、斯くも人間は地球の重力に囚われてどうとかこうとか考えるよりも先に、坂本先生の言葉の意味を再確認しておく。
「か、変わった子が多い、と?」
「ええ」
「どういうこと、ですか?」
「そのままの意味で、3年A組は変わった子が多いんですよ、他のクラスより」
「ええっと……」
「というか咲野先生のクラスに、ですね。太田理事長の一存だと聞いていますが、多分咲野先生なら大丈夫だと思っているからでしょう。小山さんはしっかりしてそうなので、きっと咲野先生や他の生徒さんたちに頼られっぱなしになるかもしれませんが、そうなるとさしもの小山さんでも手に余っちゃうかもしれません」
にっこり、と笑う坂本先生。えっと……教室に入った際に「お手柔らかに」くらいは言っておいた方が良いかな?
というか、さり気なく咲野先生も頼る側に混じっていたけど……ああ、でもそんな気はする。
「あ、後……」
「ま、まだ何かあるんですか」
ただでさえ、お先真っ暗とまでは言わずともお先薄暗し、といった塩梅だったのにまだ何かあるのかと不安に思っている私の心中を察してくれたのか、少し苦笑いで首を振った。
「ああ、いえいえ。クラスについては特に何も無いですよ。クラスの話ではないんですが……」
こっそりと耳打ちするように坂本先生がぐいっと体を近づけてくるから、大人の香りでまた動悸が!
「最近、何処でも物騒な話が多いですから、気をつけてくださいね。何だか、最近は学校の七不思議だとかいう噂が出ていたりしますし」
「七不思議?」
ドキドキを隠しながら話を反芻する。
確かに小学校の頃とかにはそういう話があったと思うけれど、高校生にもなって七不思議……いや、私の前に通っていた学校が一切そういう話が無かっただけで、一般的な高校ではまだそういう噂は多いのかもしれない。
「ええ、七不思議です。私が小耳に挟んだ話では、夜中に音楽室から聞こえてくる美少女の声とか、学校のトイレに限らず学校内をうろうろする花子さんとか、夜な夜な現れる美少女のみを狙った吸血鬼とか……」
「は、はあ」
「少し変わっているでしょう?」
「そうですね……」
そもそも、声しか聞こえないのに美少女だと何故分かるのかとか、トイレに限らずうろうろしているとか花子さんってそんなに自由気ままだったっけ、とかそもそも何故学校で吸血鬼が出るのか、とか。
「まあ、大半は冗談だと思いますが、ここのところ保健室に担ぎ込まれた女の子の中には花子さんと出会って倒れたとか、吸血鬼に血を吸われて貧血で倒れた、とか言う女の子が居たりしますので、気を付けた方が良いかもしれませんね」
気を付けた方が良い、と言われても『落石注意』という看板が見えた頃には上から既に大きな岩が降ってきているように、注意しようがないじゃない! と悲壮な顔で叫ばなきゃいけない気がする。でも、ここは社交辞令。
「気を付けておきます」
「あ、もちろん本当にトイレの花子さんとか吸血鬼が居るとは思っていませんよ? トイレの花子さんについては、大方推測が付いていたりしますからね……」
「え?」
「ほら。学校にいつも居る、小さな女の子なら居るでしょう?」
「…………ああ」
ポンッ、と思わず手を叩く。なるほど、そう言われてみれば。
「1つでも本当のことがあると他も本当に聞こえてくる、とかそういう心理なのじゃないかなと思います。私は心理学専攻はしたことが無いから、詳しくは分からないですが、それでも一定数の人が訴えてくるので少なくとも気には留めておいてくださいね」
確かに、と私が頷くと同時に先生が声を上げる。
「ああっ、ごめんなさい。本当に時間無くなっちゃったから、ほらほら、保健室出てくださーい」
私の背中を押して保健室の外に追いやると、鍵を掛けて「それじゃあまた」と手を振って職員室に向かった坂本先生を手を振りながら見送って、そういえば咲野先生は来たのかなと私も職員室へ1歩足を踏み出すと。
「あ、小山さん」
聞き覚えのある声に振り返ると、今度は私と同じ制服に身を包んだ正木さんが、同じ制服姿で私の知らない女の子2人と共に立っていた。えーっと、誰?
6/6 誤字修正
「まだ何かあるのかと不安に思っている私の真鍮を察してくれたのか」
↓
「まだ何かあるのかと不安に思っている私の心中を察してくれたのか」
初歩的な誤字でした、申し訳ないです。
修正させていただきました。
それではまた。




