第9時限目 旋律のお時間 その37
ほとんど迷いが無くなったからか、船が羅針盤で決められた針路をただひたすら進むように、この日以降の勉強会は存外スムーズに進んだ。
多分、咲野先生は今回のテストに必要な知識のみに絞って教えてくれていたことも大きな意味が効果があったんだと思う。
「とにかく今は繰り返して覚えて。後で何でそうなるのか知りたければ、テスト終わった後にゆっくり教えるからさ」
先生が自分で用意していたノートに丸っこい可愛い文字で解説を書きながらそう言う。
先生の言葉の通り、私たちは理系科目を先に、文系科目を後に徹底的に問題を解いては答えを確認し、その問題を再度解き直すというのを繰り返した。
ただ単純に同じ問題を繰り返しといているのだから解けて当たり前なのだけど、この方法で面白いのが既にやった内容を再度解き直すときに、解けたことで自信が持てるようになっていく様子が見て取れたこと。
というのも、最初は先生にあれこれ教えてもらっていたのだけど、徐々に覚えたことを思い出すだけの割合が増えてきて、例えば片淵さんなら、
「先生ー、ここってどう解くんでしたっけー?」
と言った疑問を投げてくるだけだったのが、
「これってこう解くんでしたよねー?」
と確認作業になり、最終的には自分の覚えたことを再度何度も見直すだけだから、誰にも聞かずノートに繰り返し答えを埋めていく形で黙々と勉強を進めていた。
だから、咲野先生も最初はあちらこちらからの質問に答えて忙しそうにしていたけれど、最終日にはほとんど手持ち無沙汰で、
「分からないところない?」
とそわそわしながら尋ねて、岩崎さんに、
「無いでーす」
と返されたことで、少し寂しそうにスマホをいじり始めるくらいの状況にはなった。
「それじゃあ、おやすみなさい。皆も明日に備えて、早く寝なよー」
最終日。
咲野先生先生がそう言って部屋を出ていったのを確認して、
「はー、とうとう明日かー」
と岩崎さんが机に突っ伏した。
「結構、今週勉強頑張ったよねー」
「そうだね」
溜息と共に出てきた岩崎さんの言葉に、正木さんが頷く。
「まー、これだけ頑張ったんだから、後はなるようになーれ!」
「……」
割り切るような岩崎さんの言葉にも、片淵さんの表情からはテスト勉強中にはまだ少し残っていた笑顔が完全に姿を消し、硬い表情のみが残っていた。
顔を上げた岩崎さんが、片淵さんのそんな表情を見て言った。
「都紀子」
「んー、何?」
「あー、なんというかさ」
頭を掻いて、言葉を濁した岩崎さんが言葉を選ぶ時間を少々要したけれど。
「気にしない方が良い、って言っても気にしちゃうと思うけど、もうここまで来ちゃったんだから、もうちょっと気楽にいこうよ」
「……ん、そだねー」
岩崎さんの言葉に、心配を掛けないようにと思ったのか、片淵さんは薄く笑みを貼り付けた。
「私もそう思います」
座布団の上で正座を崩した正木さんが言葉を引き継ぐ。
「最初の方は勉強会と言いながらも、ただのパジャマパーティーみたいな感じはありましたけど、最後はここまで勉強で集中出来るんだって思うくらいになりましたし」
思い出すように虚空を見上げた後、正木さんがしなやかな笑顔で片淵さんに言葉を掛ける。
「でも、ここまでやってきたんですから、絶対大丈夫です」
2人からの言葉で少し片淵さんも微笑みを取り戻したけれど、まだ表情を解すには十分じゃないみたい。
――間違いなく、私自身も意識したけれど。
ちらり、と片淵さんが私を見た。
そうだよね。今の流れなら、私だって何か言わないと、駄目だよね。
こういうとき、的確な良い言葉が咄嗟に出る人間は凄いと思う。
でも、私には無理。そんなセンスはないし、度胸もない。
「大丈夫」
だから。
私は腹の底から、心の底からのエールを。
「片淵さんならやれるよ」
「……そっか。うん、よし! 明日のために今日はもう寝るかねー」
ようやく、本当に笑ってくれた片淵さんが大きく伸びをして言った。
「オッケー。んじゃあ、また明日学校でー」
「お疲れ様でした」
岩崎さんと正木さんが出ていってた後、片淵さんも、
「んじゃー、準にゃんおやすみー」
と部屋を出ていこうとして、
「……あ、そうだ」
と言って足を止めた。私は軽く手を上げて「おやすみ」の「お」で止まっていたから、私はまるで友達に声を掛けようとして、振り向いた人が全くの別人だったみたいな滑稽さが滲み出ていた。
「準にゃん」
「ん、どうしたの?」
私の方に向かって片淵さんがつかつかと歩いてきて、私の中途半端に上げかけて止まっていた手をぎゅっと握った。
「え、ええっ!?」
戸惑いを隠さない私の視線が、自分の手と片淵さんの顔を往復していると、ようやく目の前の小柄なクラスメイトは大きく深呼吸して、
「……今日はこれだけでいいや」
そう言って、私の手をもう少しぎゅっと握って、自分の頬に当てた。
「え……?」
「……」
困惑が最高潮を突破し、上限突破しそうだったけれど、目を瞑ったまま真剣な表情だった片淵さんに何を言えば良いか分からず、仕方がないからしばらくされるがままになっていた。




