第9時限目 旋律のお時間 その32
……と思っていたのだけど。
「おっ、小山ー、遊びに行こうぜー」
国民的アニメの野球少年よろしく、ぐいっと私の肩に腕を絡めてきたのは、後ろ髪をバレッタで上げている茶髪娘。
「うっ……あいたた……。大隅さん、テスト前だよ」
私の身長が高いのに対し、大隅さんは案外身長が低いから、実際には肩に腕を絡めたというよりは、背後からラリアットでも仕掛けてきたみたいな形だったけれど、私は中腰になりつつ、中々にボリュームのある大隅さんの柔らかな膨らみに頬を押し付けられ、呆れ半分、ドキドキ半分の感情で言った。
「良いじゃねえか、堅いこと言うなって」
私が女性に免疫が無いことが分かっている大隅さんはわざわざそうやってスキンシップを増やしてきている。
ただ、これが男だと気づいている訳ではなく、女同士のスキンシップの延長線上だと思っているから危険なんだよね。
今までで1番危険だったのはお風呂に一緒に入ったことくらいだと思うけれど、更にこれが酷くなって実際に触れ合うようになったら……いや、あれ、待って。そういえば塩サウナで既にほぼ全員触れたんじゃなかったっけ?
……うん、冷静に考えなくても、もう既に取り返しのつかないことになってます。
「そーそー、堅いこと言いっこなしじゃーん?」
冷静に状況を整理しようと思っていたらもう1人、今度は逆側から私の首に腕を掛けてきたのは中居さん。
前門のヤンキー、後門のギャル……って言っても危険さはあまり無いかな。
「いや、私はこれから勉強しなきゃだから」
「何だよ、真面目ちゃんだなー」
ちぇーっ、と口を尖らせる大隅さん。
「というか大隅さんたちも勉強しないと、テスト大丈夫なの?」
「まー、大丈夫じゃねーけど、どうにかなるだろ、はっはっは」
軽い感じで笑う。はっはっは、じゃないよ、全く。
「結局、勉強全然やってないしね」
「でも授業はちゃんと出てるしー」
私のジト目に対し、中居さんが陽気に返す。
「晴海はそう言っても、ノート全然真面目に取ってねーだろ」
「あ、バレちった? こやまん、ノート貸してー。貸してくれたら、何でもするからさー」
そうウインクしながら言う中居さんは、本当に私をからかうのを趣味みたいにしているから、わざとそんなこと言うけれど、
「ちゃんと勉強してない人には貸しません」
と私はきっぱりと言う。
……とか言いつつ、真面目に授業を受けていない岩崎さんと片淵さんには見せてるんだけどね。
「何だよ、真面目に授業受けてない片淵には見せてんだろ?」
頭の上で手を組んで言いながら、大隅さんが笑う。
「え? あ、ええっと……?」
テスト勉強を一緒にやっていることとか、片淵さんたちにノートを見せてるって話したことあったっけ?
それとも単なる当てずっぽうで言っているとか?
私の表情が驚愕に少しずつ切り替わってきたところで、
「――っつーか、テストの点悪かったら学校止めるんだって聞いたが、本当かよ?」
耳元で、確かに、そんな言葉が大隅さんの口から飛び出し、完全に私の表情は驚愕に塗り替えられた。
え、え、何故? 何故知っているの?
この話題は張本人の片淵さんと、私の部屋に居た正木さんと岩崎さん、後は理事長、咲野先生、坂本先生くらいのはず。
いや、もし先生たちには広がっているとしても、生徒たちには知れ渡っていない……と思っていた。そもそもずっとゴールデンウィークだったのだから、知る機会は無かったはずだし。
私が唖然としていると、
「アタシが教えたぽよー」
耳元で囁くように、中居さんが言った。
「えっ」
「にひ」
「ど、どういうこと?」
いや、中居さんにも教えていないはず……だよね?
まだ混乱している頭を整理しながら、中居さんに尋ねると、
「実は友達に情報通が居るじゃんね」
中居さんの言葉に、私は前の”友達”を思い出してしまったのだけど、それが表情に多分出ていたんだと思う。
中居さんが慌てて手を左右に振った。
「あー、違う違う、ほらゆかぴーとぱるにゃんみたいな、ああいう感じとは違くて。うちのガッコ、というか同クラの情報通が教えてくれた系の話」
「情報通……」
もしかすると、その子は私が男だってことを知っているとか……?
流石に大隅さんが目の前に居るこの場所で、その疑問は投げかけられなかったけれど、何にしてもその子はかなり危険な気がする。
確かに、私が読んだことのある学園モノでも何故か諜報部員みたいなレベルの新聞部とか報道部みたいな人が居たりはしたけれど、この学校にもそういう子が居るのかも。
「ってか、聞いた話だとこやまんが止めるけど、こやまんのテスト結果じゃなくて、ぶっちーのテスト結果だって聞いたんだけどどゆこと?」
「……ブッチー?」
「あー、ほら片淵ー」
「あ、ああ」
中居さんって片淵さんと仲良かったっけ、という疑問はあったけれど、とりあえず中居さんのことだからあだ名で読んでいてもあまり不思議はないか。
「まあ……そうだね」
「何だよ、事情は話せねーってことか」
私が少し俯き気味に歯切れ悪く言うと、大隅さんは私の顔を下から覗き込むようにして「あぁん?」みたいな表情で私を睨む。




