第9時限目 旋律のお時間 その29
「とにかく、勉強頑張りすぎるのは良くないから、今日は早めに帰ってゆっくり寝かせておこうかなと」
「だね……ってなんか準がお母さんみたい」
「え? そ、そうかな」
うちのお母さんは自由奔放というか、あまり世話焼きな方ではなかったから、そんなイメージは無いかな。
どちらかというと、心配性だったお父さんの方がよっぽど世話焼きだったかなと思う。
何にせよ、今日の片淵さんには休眠が必要だということは正木さんたちと共有出来たので、席が1番近い岩崎さんが授業の号令のときに起こす役目を担ってもらい、教室移動やお手洗いへ移動する際には私や正木さんが補助に付くという感じで半日を過ごしたのだけど、結局どの先生も片淵さんを授業中に起こすことはしなかった。
片淵さんの席は教室のほぼど真ん中で、先生の目に付きやすい場所だったから、後ろから見ていてハラハラするのだけど、あまりに堂々と眠っているから逆に注意しにくいのかもしれない。
まあ、クラス全体が大なり小なり眠そうにしていたし、あまつさえ先生自身も連休ボケで若干瞼が重そうだったから、敢えて誰も指摘しなかったのかもしれないけれど。
何にしても、恙無く半日が終了。
ホームルーム終了早々、正木さんと岩崎さんの姿が教室から無くなっていた。
……あれ、何処行ったんだろう。
まあ、別に必ず一緒に帰らなきゃいけないわけじゃないけれど、声も掛けずに帰っちゃうなんて、何か悪いことしたかな……?
今日の自分の行動を省みてはみたけれど、一応思い当たる節はない。気づいていないだけかもしれないけれど。
何にせよ、ここに片淵さんを置いておくわけにもいかないし、
「片淵さん、帰るよー」
と片淵さんを連れて帰ることを最優先事項とした。
「……あーい」
まだ、半分くらい夢の中に腰掛けたままの片淵さんを揺り起こして、鞄を持たせる。
靴を履き替えた辺りで徐々に覚醒してきたのか、
「……んーあ……準にゃん、おはよう」
と大あくびの後に私にそう言った。
「おそようだね」
「にゃっはは、違いないねー」
まだあくびを繰り返しながら歩く片淵さんに、私は疑問の言葉を投げかける。
「そういえば、結局何時までやってたの? 勉強」
「んー……」
眠気にまだ打ち勝てていないからなのか、それとも本当に思考に時間が掛かっていたのかは分からないけれど、片淵さんはたっぷり数秒の沈黙の後、
「……そもそも寝たっけかなー」
と答えを返してきた。
「……え?」
「いやー、今日は勉強しないぞーと決めて、スマホのゲームしたり、ネット通販見てたりしてたんだけどねー。ご飯食べた後辺りから、本当に勉強しなくて大丈夫なのか心配になってきちゃってさー」
「ああ……」
やっぱり、と思う。
「んで、ベッドに入った後に少し気になってしまって、最初はちょっとだけやろうって思って、問題集問いてみたら、思ったよりも解けなくてねー。何だか急に不安になっちゃって、そこからは寝るに寝られずって感じだよー」
あはは、と笑うけれどやっぱりまだ声に力が無い。
「やっぱり最終日も少しくらいは勉強しておいた方が良かったかな?」
「どうだろうねー。まあ多分、やってても心配になって、夜中起きて勉強してたかもしれないしねー」
片淵さんはそう言うけれど、昼間に勉強していれば、流石に徹夜までして勉強はしなかったんじゃないかなとは思う。
……なんだか、深く考えずに浅はかなアイデアであれこれやったことが、全部裏目に出て悪い方向に転んでいるような気がする。
自分自身が失敗するだけなら自業自得で済むけれど、他人に悪影響を与えてはいけない。
最近、反省することばかりだなあ。
今日1番の大きなあくびをしてから、片淵さんは、
「良く寝たから、大分気分は良くなったし、どっか行くー?」
とほぼ完全にいつものテンションに戻って、そんなことを言い出した。
「……先生の真ん前でがっつり寝てた人の言葉とは思えないね」
「にゅふふ、アタシは図太いのさー。まあ、いつもだってここまで酷くないけど、結構うとうとしてること多いしねー」
そう言って、片淵さんが白い歯を見せたのを見ていたら、
「都紀子ー」
ともう聞き慣れたややボーイッシュな声。
「……ありゃ? 真帆ちん?」
私と片淵さんが昇降口を出てすぐくらいのところで、先に帰ったはずの岩崎さんが走って戻ってきた。
肩で息をしながら、へばっている正木さんも少し先に見える。
「どったのー?」
「どったのー? じゃないよ。とりあえず、ちゃんと起きた?」
「アタシはいつでも元気さー」
悪びれない様子の片淵さんに、やれやれとポーズを取った岩崎さんだったのだけど、私は疑問が。
「岩崎さんたちは何処行ってきたんですか?」
「あー、それなんだけどさ……」




