第9時限目 旋律のお時間 その28
「今日の夜、時間ある?」
「ん、あふおー」
食パンを焼かずにバターだけ塗って頬張っていた片淵さんが、咀嚼し終わる前にそう答えた。
「咲野先生がテスト勉強の仕方を教えてくれるみたい」
「てすとべんきょうのしかた?」
頭はしっかり働いていなくても、私の言葉は何となく理解できているみたいで、片淵さんは寝ぼけ眼を瞬かせつつ、そう答えた。
「そう。テストの答えは教えられないけれど、勉強の仕方なら教えられるって」
「ほへー」
「だから、今日の夜は空けておいて」
「あいおー」
むぐむぐと咀嚼をしたまま、答える片淵さん。
……これは駄目かも。
今の状態だと、折角先生が来て教えてくれても、何も吸収できなさそう。
「先生に勉強方法習う前に、ちゃんと寝ておいてね」
「あーい」
分かっているのか分かっていないのかが分からないけれど、片淵さんは一応の反応を見せたから、私も朝ご飯に手を付ける。
まあ幸い、連休明け初日だから学校は昼までしかないから、ゆっくり休息を取ることは出来るし、今の話を覚えてなかったら、寮に戻ってきてすぐに寝かしつけて、起きたところで改めて話をしよう、そうしよう。
「……準」
私がパンに手を伸ばして、いちごジャムを塗り始めたところで、隣から声を掛けられた。
「ん、どうしたの、工藤さん」
「勉強会、するの?」
私たちの話を聞いていたらしい工藤さんが、コンソメスープをスプーンでかき混ぜながらそんな言葉を掛けてきた。
「まあ、勉強会というか、坂本先生に勉強方法を教えてもらおうかって。工藤さんもする?」
「……うん」
頷いた工藤さんのもこもこ髪がふわりと揺れた。
あ、もちろん、今日も工藤さんの髪の毛は私がしっかり乾かしました。
「ただ、今回はあまりふざけてられないよ」
「分かってる」
「なら、大丈夫だと思うけど」
「……」
しかし、人が多くなるなら私の部屋では机が少ないし、食堂とかの方が良いのかな。益田さんにも相談しておこうか。
「……何時から?」
「ん? あ、えーっと、そういえば先生に時間まで話してなかったなあ。後で先生に聞いて、教えるよ」
「ん」
こくり、と小さく頷いてから、工藤さんはコンソメスープを飲み干した。
「さて……片淵さん、ご飯ちゃんと食べなよー」
私も言うほど進んでいないけれど、片淵さんはパンを頬張ったまま、小さな寝息を立てて静止していた。
うーむ、これは重症だなあ。
私と一緒に勉強した日の翌日はこんなに眠そうにしていなかったから、勉強会が無かったことに不安を覚えて自主勉強をしたのか、それともやはりテストまでの日程が迫ってきたから不安に駆られたのか、その両方か。
兎にも角にもこんな調子で勉強を続けていれば、先に体が保たなくなるから、咲野先生が言っていた勉強方法を教えてもらって、これからの勉強方法を見直そう。
まあ、そうは言ってもテストまで後2週間無いからあまり余裕は無いのだけど。
「おはよー……って都紀子、なんかやけに眠そうじゃん?」
教室に行ってからも片淵さんの調子は相変わらずで、入ってきた私たちに声を掛けてきた岩崎さんが呆れたように言う。
「なんか面白いドラマとかでもやってた?」
「んー……ちがうー……」
「じゃあ何だったの?」
「……」
あ、寝た。
こんなの工藤さんでも見たような。
「片淵さん、夜遅くまで勉強してたみたい」
「勉強? あ……そっか。そうだよね。ごめん、休みボケしてた」
連休中にあの事件についてはだるま落としで飛ばされた木片みたく忘れていたようで、岩崎さんは私の言葉にようやく片淵さんが置かれている状況を思い出し、憐れみの視線を投げかけた。
「あまり無理してほしくないですね……」
ひとまず片淵さんを席に座らせたら、そのまますやすやと寝息を立ててしまったのを見つつ、正木さんも心配そうな表情で片淵さんの寝顔を見つめる。
「連休中は結構勉強したの?」
「まあ、それなりには……」
「また勉強会でもする? まあ、勉強会って感じで始めるとついつい脱線しちゃうけど」
岩崎さんの言葉に、
「ああ、それなんだけど……」
と、私は咲野先生の勉強会の話をする。
「……えー、咲野先生が?」
少し不信感に包まれた声を上げる岩崎さん。
「失礼だよ、真帆」
「でもさ……咲野先生だよ?」
窘める正木さんとそれでも納得のいかない岩崎さん。
まあ、岩崎さんの言わんとしていることは分かる。
益田さんが料理上手ということを知ったときもそうだったけれど、見た目というか普段の行動と実際の能力が一致しないとどうにも違和感がある。
咲野先生が勉強得意といわれたら、正直ホント? と首を傾げるところなのだけど、一夜漬けとかが得意そうだから、個人的には短期間でテスト順位を上げる、というその1点については信用出来るんじゃないかと思わなくもない。




