第9時限目 旋律のお時間 その27
咲野先生のお陰で、片淵さんの勉強方法については少し気持ちに余裕ができた。
でも、まだ絶対に大丈夫という保証はない。
片淵さんのテスト順位を上げるのに、もう少し確実に方法は――
――と考え掛けて、途中で思考を停止させた。
違う、そうじゃない。考え方がそもそも間違っている。
そもそもこの状況は私が引き起こしたことなのに、自分で尻拭いが出来ていないのを、咲野先生に手伝ってもらっている。
咲野先生の勉強方法は、あくまで咲野先生がやった勉強方法を教えてもらうだけであって、後は先生宜しくお願いします、という話じゃない。
あくまで、今回の兼は私が片淵さんと共にケリを付けなければいけない。
だというのに、今の私は完全に自分から手が離れたけれど、その上で更に何か私にも出来ないか、みたいな感覚だった。完全に当事者意識がすっぽ抜けている。
「全く、駄目だなあ……」
そんなことを独り言ちてみる。
まあ、でも自分でそれに気づけたというのは成長なのかもしれない。
きっと前の学校に居るだけじゃ、こんなこと気づけなかった気がするから。
……いや、それ以前に前の学校だったら、人との関係が希薄過ぎたから、そもそもこんな状況に追い込まれることが無かったかもしれないけれど。
何にせよ、奇しくも女装生活になってまだそんなに時間は経ってはいないけれど、既に濃密過ぎるくらいの経験が出来ている、気がする。
そういう意味では、この学校に間違って転校してきたことも幸せだったのかもしれない、かな。
……でも。
正直、また片淵母事件のようなことが起こったとき、今度こそちゃんと踏みとどまれるかはまだ分からない。
反省出来た、とは言っても十分に冷静になる時間があってこその話だから。
でも、もし今回みたいなことが起こったときは坂本先生が言っていた、自分の手の甲を抓ってみるのをやってみよう。
どこまで効果があるかはまだ分からないけれど、何もやらないよりはマシかもしれないし。
色々悩み事を振り切るように、自分の頬をパンパンッ、と2度叩いてから私は立ち上がって、浴室を出て、部屋に戻る。
やはりというかなんというか、テオはまた私のベッド、それも主に枕周辺を占領していたから、またぐぐぐっと押しのけてから電気を消し、布団に潜り込む。
誰かに任せっきりで不甲斐ないと思うのであれば、何か別の方法で片淵さんを落ち着かせるとか、元気にさせてあげれば良い。
今日、一緒に家に行ったみたいに、私だから力になれるところもあるはずだから。
いつもの憂鬱の溜息ではなく、決意の溜息を腹の底から吐き出して、私は目を瞑って意識を落とし――
ぺしっ……。
意識を――
ぺしっ……。
いし――
ぺしっ……。
「あーもう! テオ、やめて!」
ベッドの端に追いやられたテオの、不快感丸出しのしっぽビンタを受けて、私は暗闇の中、うがーっ! と叫ぶ。
ホント、猫って自由気ままでいいよね!
私も猫になりたいくらい!
そんなことを思いつつ、しっぽビンタを防御していたらいつの間にか完全にブラックアウトしていた。
そして、そんな私が目を覚ましたのは、やはりまたテオのしっぽ攻撃だった。
「…………」
痛くはないし、どちらかというとくすぐったくて気持ち良い方だけれど、
「……まだ5時過ぎ……」
流石にまだ日が昇っていない時間に、起こされるのは勘弁してほしいな。
しばらくしっぽを避けて布団を被って避けていたけれど、徐々に体ごと私の上に乗ってくるような実力行使を始め、日が少しずつ差してきたから私は諦めて目を覚ました。おはようございます。
GW明け最初の登校日は快晴。
「おはよー」
「おはよう……あれ?」
少し眠い目を擦りながら食堂で会った片淵さんは、やや疲れた表情だった。
「もしかして、部屋に戻ってから勉強してた?」
「んー……まあ、少しだけねー」
力なく笑う片淵さんだったけれど、表情からしてここで言う”少し”は全然少しじゃなかったんじゃないかなと思う。
だから、私は素直に聞き返してしまった。
「少し……?」
「……にゃはは。やっぱ、ちょっと心配になっちゃってねー」
そう返してきた片淵さんの言葉に、私は「……なるほど」という言葉しか出せなかった。
自分でどうにか出来ない私が心配するくらいなんだから、私の退学が掛かっている張本人自身のプレッシャーは言わずもがなだろう。
でも、だからこそ頑張りすぎは良くない。
体を壊したり、睡眠不足でテスト当日を迎えるのであれば、むしろ全力を出せないし。
「あんまり無理しすぎたら駄目だよ」
「ん、分かってうー……」
やや呂律が回らない状況の片淵さんを見ると、やはり遅くまでやっていたんだろう。
「…………」
私の隣で、半目というにも目を閉じすぎなわかめ星人……いや工藤さんほどではないけれど。
「片淵さん」
「なぁにー」
ぼんやりしている片淵さんに、私が昨日の話をする。




