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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第9時限目 旋律のお時間 その20

 とうとう連休最終日。


 勉強の方は進んだと言えば進んだけれど、充分かと言われれば首を傾げる程度。


 とは言っても、連休明け初日にテストがあるわけでもないし、片淵さんと連休の最終日くらいはまったり時間を過ごそうなんて相談をして、現在はゆっくりと読書中。


 興味があって買ったはいいけれど、まだ読んでなかった本が鞄の中に入れっぱなしになっていたのを思い出して、朝から読み始めた訳なのだけど。


 コンコン。


「あー、準にゃん。ちょーっといいかな?」


 控えめなノックの後に聞こえてきたのは、少し戸惑うような片淵さんの声。


「あ、うん。開いてるから入って」


「あいさー」


 私の言葉に対して返ってきたときにはいつもの声色に戻っていた。


「どうしたの?」


 私が尋ねると、やっぱりまた言いにくそうに片淵さんが苦笑いを返しつつ、ゆっくりと噛みしめるように言葉を出す。


「えっと……ちょっと、家に忘れ物してたことに気づいてねー」


「家?」


「そーなんだよねー。んで、申し訳ないんだけど……ちょっと付いてきてくれないかなって」


 なるほど、片淵さんの苦笑いの理由はこれか。


「別に構わないけれど、そんなに重要なものなの? ほら、テスト終わった後とか……」


 テストがどういう結果であったとしても、片淵さんはテスト後には家に戻るはず。


 だから、急ぎでないのであれば、それからでも遅くないのではないかとも思ったのだけど、片淵さんは静かに首を横に振った。


「いやー、実は楽譜を忘れてきちゃったんだよねー」


「楽譜?」


「発表会用の楽譜だねー」


「発表会用の……ってあれ? ずっと練習に使ってなかった?」


 益田さんが練習していたのを初めて聞いたあの日から、片淵さんはほぼ毎日発表会に向けてピアノの練習をしていたし、確か発表会用の曲だと言っていた記憶があるのだけれど。


 私の質問に、頬を掻きながら答える片淵さん。


「いやー、実はだね。今アタシが持ってるのは、発表会練習用のくたくたの楽譜なんだよねー。で、本番用はまた別にあってさー」


「え、本番用って別にあるの?」


「うん。発表会は完全暗譜……あ、暗譜って譜面を全部暗記するってことなんだけど、そんな教室もあるんだけどねー。うちの”先生”はなんというか、自分が譜面を見ながら弾くタイプだから、生徒にも必ず本番用で綺麗な楽譜を準備させるんだよねー」


 先生、と言った片淵さんの表情は硬かった。


 もちろん、ここでいう”先生”とは自分の母のことなんだろうと思うけれど、敢えて”先生”と呼ぶところに距離を感じる。


「本番はテスト後ではあるんだけどさー。ほら、テストの結果が出るまでは、まだ帰れないじゃんねー? あっはっは」


 半ば投げやりな感じで笑う片淵さん。


 ……そう言えば確かに。


 テストの自己採点で点数がいくつ以上、ではなく今回はテスト順位を見る必要がある。


「テスト結果が出るのが先か、発表会が先か、まだ分かんないからねー。ちゃんと発表会用のドレスまでは持ってきてたのに、完全に本番用の楽譜忘れてたんだよねー」


「なるほど……良いよ。ついていくよ」


「悪いねー。今から良い?」


 片淵さんは手を合わせて、ウインクしながら笑った。


「ん、分かった」


 どうせ何事か言われるなら、さっさと済ませたいということかな、と思いつつ、私たちは一路、片淵さんの家へ。


「……何しに帰ってきたの! とか言われそうだね……」


 厳つい門の前で私がげんなりして言うと、


「ああ、大丈夫さー。今日、今すぐに来てもらったのはもう1つ別の理由があってねー……あ、ほら」


 片淵さんが指差した先には、ピアノの演奏会のポスターが貼ってある。


 発表者には「片淵」という名字の女性の名前も入っていた。


「実はゴールデンウィークの最終日は毎年演奏会に出てるんだよ。だから、今日は居ないんだよねー」


「なるほど」


 片淵さんが急いだのは、それが理由か。


「って、それなら私、別に要らなかったんじゃ?」


「いやいやー、付いてきてもらうだけで大助かりだよー。ほら」


 そう言って、片淵さんは私に手を差し出した。


「ん?」


 最初は意図が分からなかったけれど、良く見てみると小刻みに震えているのが見て取れるほどだった。


 ……なるほど。


 気丈に振る舞っていても、やっぱりあのお母さんは怖いから、家に近づくだけでも勇気が要るんだ。


 そう考えれば、付いていくだけで役に立つなら、私の居る意味もあったんだなあ。


「家の中まで入った方が良い?」


「んー……いや、ここまで来れば大丈夫。ちょっと待っといてくれたまへー」


「うん、分かった」


 にっこりと笑った片淵さんが家に入っていくのを見送って、ふう……と1つ溜息。

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