第9時限目 旋律のお時間 その17
一瞬、私たち3人、つまり片淵さん以外の全員が静止した。
言った張本人はそれを知ってか知らずか、更に喋り続ける。
「まー、もし本当に準にゃんが男だったとしたら、裸とか見られてるし、チューもしちゃってるし、色々責任取ってもらわなきゃいけないだろうからねー」
言われて分かる、自分の罪深さ。
いや、でもポッキーゲームの件は事故、というかむしろハメられた側だと思いますけど!? 完全にあのときは片淵さんががっつり来ちゃった側でしょう!?
……と言いたいところだけれど、それ以上にお風呂での遭遇とか、サウナで全身触ったとか、そういうところを突っ込まれたら何も言い返せない。
いや、まあそれ以前に男だとバラさないけれど。
「ん、どったのー?」
固まった私たちにようやく気づいたのか、片淵さんが首を傾げる。
「ん、んーん! 何でもないよ、あはは」
私がそう笑うと、
「あっ、そっ、そろそろ時間もいい具合ですし、寝ましょう! おやすみなさーい!」
フォローするように園村さんが手元の腕時計に目を向けて、徐に立ち上がった。
「ん、じゃあ準、おやすみ。あ、千華留、泊まる部屋の――」
工藤さんも園村さんに続いて、自分の部屋に帰っていった。
残った片淵さんも携帯電話の時間を見て大あくび。
「あー、もうそんな時間かー……ふああ」
寝る時間だと気づくと急激に眠気がやってくる現象って皆あるんじゃないかなと思いつつ、私も片淵さんのあくびに釣られて小さくあくびした。
片目をこすりながら、寝ぼけ眼の片淵さんは私に手をひらひらしつつ、
「んじゃ準にゃん、また明日ねー」
と部屋を出ていった。
「おやすみー……」
部屋の扉が閉まるのを確認してから、私は大きく溜息を吐いてからベッドにもたれかかった。
……ヤバイ。
ある程度自覚していたつもりでは居たけれど、全然自覚出来ていなかった。
本当に、真面目に、男バレしたらヤバイどころじゃないくらいにヤバイ。語彙が急激に低下してヤバイとしか言えないくらいにヤバイ。
良く考えたら、裸を見たどころか正木さんグループと大隅さん、中居さんはサウナ室で全身触っているんだよね。今でもちょっと感触を思い出してしまうくらいには衝撃的だったはずなのに、今の今まで忘れていた。忘れていたかったけれど。
本当に、間違いなく、男バレしたら物理的にも社会的に抹消されるレベル。
「にゃーお」
だというのに、テオは「僕はしーらないっ」と言わんばかりに大きなあくびを1つ、定位置である私の頭に乗っかった。
「……良いよねー、猫は。男とか女とか、服を着てるとか着てないとか気にしなくていいし」
そんな泣き言を漏らしつつ、また溜息。久しぶりに溜息量産中の私は、とりあえず歯磨きだけ済ませてきて、電気を消し、ベッドに潜り込む。
「はあ……どうしよう」
今更悩んだところでどうしようもないことだと分かっているのに、うじうじと考えてしまう悪い癖がまた鎌首をもたげている。
たった1つだけ、根本的ではないけれど、解決方法はある。
「……転校かあ」
前の学校の、成果主義なのにも関わらず成果を出した人間に対する妬み嫉みが酷かったことに嫌気が差していたけれど、そういう意味では今の学校にそういう問題はない。
むしろ、私の知識を皆と共有するとか、そういう楽しさはあるから一緒に勉強していても苦にならないし、一緒に遊びに行ったり、ご飯を食べたり、ずっと憧れていた高校生らしい高校生活になったとも思っている。
だからこそ、皆を騙していることに後ろめたさを感じないでもない。
「居心地は良いんだよね……」
学校ってこんなに楽しかったんだ、と思える程度には楽しめているという事実があって、それが勿体なくも感じる。
でも、このままでは皆に迷惑を掛けてしまう。
「……やっぱり、転校するしかないかな……」
「転校するの?」
「うわぉぁっ!?」
私は思わずベッドの上から飛び跳ねてしまいそうなくらいに驚き、その際に蹴ってしまったらしいテオの「ふぎゃぁぁぁぁぁっ!?」という困惑と憤怒を混ぜた非難の声を聞きながら、暗闇の中に本来なら居るはずのない人物を探した。もちろん、見えるわけないのだけど。
「しーっ! 準にゃん、驚きすぎ」
「……え、あ、あれ、片淵さん?」
声を聴く限りは片淵さん、で間違いないのだけれど、さっき帰ったはずだよね?
「にははー、部屋に帰ったんだけどねー。ちょっち眠れなくってさー。準にゃんに夜這いしに来たってワケさー」
暗闇、それも布団の中でぴったりとくっついてくる片淵さんは、
「……それで、準にゃんは何で転校したいのかねー?」
と笑っているような、それでいてしっかりと追及するような声で私に言った。




