第2時限目 お友達のお時間 その2
頭まで水を被ってさっぱりしたから、とりあえず食事、の前に洗濯機の横に掛けてあった雑巾で、さっきの女の子が歩いた後を拭いておく。ああ、洗面所の床も凄いことに。
雑巾を洗って絞って、元の場所に戻したら、一度部屋に戻って制服に着替えておこう。正直、あの制服は着たくないけれど、ジタバタしたところで着なければいけないものは着なければいけない。諦めよう。その後、朝ごはんかな。
部屋に戻って、昨日理事長から渡された制服を広げてマジマジと見てみると、
「……あれ、これってセーラー服?」
妹が中学のときに着ていたセーラー服と違う。もちろん、学校ごとに特色があるから違って当然だと思うけれど、妹のは上着とスカートに分かれていただけだったはず。でも、目の前に広げられているのは、襟元に青いラインが2本入った大きなセーラー服の襟みたいなブラウスと紺のベストの合わせ技になっている。これって普通なの?
「あれ、ポケットに何か入ってる」
ベストの左ポケットが「何か入ってるよ!」と主張していたから、制服を机の上に置いて弄ると、くしゃくしゃにされた便箋が出てきた。
『この制服はセーラーブレザーと言って、セーラー服とブレザーの良い所を合わせた制服です。まず、セーラー襟のブラウスがベストの中から見えているのが素晴らしいのですが――』
硬筆のお手本みたいな楷書でこんな感じでつらつらと文字が書かれていた。
えーと、一言で言うと、長い。
やや小さめの便箋に細かい綺麗な文字でびっしりと、この制服に対する思いの丈がぶつけられていた。所謂制服マニアの人?
この服装がセーラーブレザーという名前なのは分かったけれど……なんというか、そういうご趣味の方が書かれた様子。文字は明らかに女性のものだと思うのだけれど、女性の制服マニア?
もし、そうだとしても、知らない生徒が勝手に書いたとは思えないし、学校関係の先生の誰かが書いたんだと思うけれど、一体誰が?
まず、理事長は除かれる、と思う。あの理事長がそこまで服装に頓着……していないとは言わないけれど、いつもこう、ぴちっとしたスーツとかばかり着ているイメージだもんね。
坂本先生や咲野先生は、少なくとも私が男だということは知らないようだったから、制服の着方についていちいち説明を僕の……いや、私の為に着方の説明を書く理由は無いと思う。
とすると、妥当な線では益田さんかな。あの人ならありそう、というかあの人しかありえない。顔に似合わず、と言ったら怒られそうだけど、思った以上に文字が綺麗な人なんだなあ。
閑話休題。
その便箋には、一応制服の着方を説明するという用途もあるようなのだけれど、ほとんどアンコの入っていないアンパンのパン部分並に、着方とは無関係な服装の可愛さについての記載がてんこ盛り過ぎて、読む気力を巴投げしたような気分になった。
とりあえず、ハンガーに掛かっている順番で着れば良いんだよね、って便箋を無視してハンガーからブラウスを取り外すと、同じ文字で書かれた同じ種類の便箋がハンガーにテープでぶら下げてあった。どうやらこちらには箇条書きで着る順番と、着た際の注意事項が書かれている。さっきのはやり過ぎたって、書いた本人も思っていたのかな。だったら、あの便箋は何だったのかって思うけれど。
ハンガーにぶら下がっていた説明通りに袖を通していき、最後の説明に目を通す。
『このクロスタイの真ん中にあるピン留めは裏の金具を引っ張ると外れます。タイを重ねて、再度取り付けたら、タイが曲がっていないか鏡で確認してください』
「こう、かな?」
クロスタイというバツ印みたいなリボンの位置を調整しながら、大きな姿見の前に立ってみる。
「何処からどう見ても……」
その先の言葉は、自分の男としての尊厳が口止めした。
鏡の中の私は、僕で私。ボーイッシュじゃない、本当にボーイです。
「ま、まあ……きっとこんな生活も、再転校するまでの辛抱だよね、ははは……」
でも、鏡の前に居ると、何だかスカートを少しだけ摘み上げてみたくなったり、背中の方がどうなっているのか見たくなったりして、どうにも時間が過ぎていってしまうから、名残惜しいような気分を小脇に抱えながら階段を降りる。というか、既にそんな気分になっている時点で、私もうまともな生活に戻れないんじゃないかという不安が頭どころか体中を駆け巡る。
それを振り払うように、朝ごはんを食べる為に階段を降りる足音を早めると、
「もっと静かに降りられないんですの!?」
語気が荒々しい、でも丁寧な言葉が階下から湧き上がってきた。そう、何というか、マグマとかそういうのと同じような怒気の塊が。
足を1度止めて、そろりそろりと階下に顔をそろりと出すと、階下では両の手を腰に当てた眼鏡の女子生徒が私と同じ制服姿で待ち構えているのが見えてしまった。背後から立ち上る赤い攻撃的オーラみたいな何かがゴゴゴゴゴ……と音を発している気がするから、私は回れ右をして、降りた階段を上ろうとして、
「お待ちさない!」
「ひゃいっ!」
階下からの女の子の言葉に縛られて動けなくなった。
これは……死んだかもしれませんわね! と腹を括って、脳内で乙女風辞世の句を考えていたところで、
「とにかく、下に降りてきなさい」
との死刑宣告が聞こえたので、私は牛歩戦術しながら降りたい気持ちを必死に抑えながら階段を降りる。
「全く……あら、貴女は?」
私の姿を見た眼鏡の生徒は、憑き物が落ちたように怒気がふっと消えたようで、でも消えていない、ちょっと消えた声が眼鏡の女の子から発せられた。
「見慣れない顔……不法侵入、ということは無いでしょうから、転入生の小山さん?」
「あ、はい」
私の頷きに、はぁーっ、と大きな溜息を吐いた少女。
「転校初日からこれでは……もう少し、淑やかさのある女性だと思っていましたのに。全く……貴女は集団生活をしたことがないのかしら」
「あ、あはは……」
集団生活経験はあるけれど、前居たのは男子寮だったから、うるさいのなんて日常茶飯事だった。むしろ、静かな方が気持ち悪いくらい。まあ、もちろんそんなことを言えるわけが無いのだけど。
3/22 題名修正
題名を変更し忘れていました……!
鈍くさくて申し訳ありませんが、修正しました。
それではまた。




