第9時限目 旋律のお時間 その9
結局、一緒に入ることについて誰一人として拒否する人間が居なかったため、めでたく私たちは今お風呂に4人で入ることになった。
まあ、こうなることは大体分かっていたけれど、それでも言いたい。どうしてこうなった!
「ハーレムで嬉しいでしょ」
寮特有の広い湯船が準備されているとは言え、4人入るとそれなりに体を寄せることになるのだけど、そのタイミングにこっそり近づいてそう耳打ちしてくる工藤さんに、私は苦笑いを返すことしか出来なかった。
片淵さんとは既に毎日こういう関係にはなっている。
というか寮で片淵さんが生活するようになってからは片淵さんが私の部屋に来て、テオと遊んでから一緒に食事やお風呂に行く、という黄金パターンが確立されているから、2人でお風呂というのは割りと最近良くある。
最初こそ、ぎこちなく片淵さんを見ないように気をつけていたけれど、2人しか居ない状態で明らかに視線を明後日の方向に向けてばかりなんてことはやっていられなかったから、肌を見るのにも少しずつ慣れてきていた。
というか、お風呂に一緒に入ることにも慣れつつあり、家族と一緒に入っているような感覚にまで陥りかけていたりもする。
でも、それは片淵さんとほぼ毎日一緒に入っている、という例外的な状況だからであって、まだ慣れていない女の子のお風呂シーンには緊張するし、ドキドキだってする。
それに、今回最大の問題点は私を男だと知った上でお風呂に一緒に入っている女の子、それも登山家(婉曲的な表現)が憧れるような、クラスの中でもトップ争いしている山岳持ちの女の子2人であるわけで。
それはもう落ち着かなくたって仕方がない。
重ねて、工藤さんは何を考えているか良く分からないタイプだからちょっと怖い。不可抗力で直視してしまったときにはパフェの奢りを要求してきたりしたし、今回はクラス一のお山持ちの園村さんまで連れてきたのだからと何を要求されるか分かったものではない。
色んな、本当に色んな意味で落ち着かない私なのだけど、あまり隠さない片淵さんと工藤さんとは異なり、園村さんはノリと勢いで一緒にお風呂に入ったからか、湯船に浸かってからずっと私の方をチラチラ見ながら胸元を隠していたりするから、私以上に挙動不審。
大丈夫かな……この状況、色んな意味で。
「あー、あったかー」
全くそんなことも気に留めない片淵さんは、タオルを頭に載せながらのほほんと言葉を浴室に響かせる。ああ、知らないということは良いことですね。
「あー、もうこのままテストとかなくなっちゃえばいいのになー」
「まあ、それは確かに……」
湯船の縁に頭を乗せて、私も同意する。
私だってテスト自体好きではないし、特に今回のテストは自分のテスト結果と共に、片淵さんのテスト結果も待たなければならないから精神的にはかなりキツイ。
テスト終了後から結果発表までの、今更もうどうにもならないけれど待ち続けなければならない時間のことを考えると、今から既にカオスめいた気持ちがお腹の中辺りに生まれつつある。
「テスト……ってそういえば中間テストは家庭科とかのテストは無いよねー?」
片淵さんが誰へともなく尋ねると、
「ない。期末だけ」
工藤さんが答えてくれた。
「もし9科目テストがあったら今回死んでただろうから良かったー」
片淵さんがあはは、と苦味成分マシマシで言う。
まあ、残りの休みを含めて考えても、時間が足りるかどうか怪しいなあ、という意識は多分片淵さんと私のどちらもが共有している感覚であると思う。
「何かラクして勉強が好きになればいいんだけどねー……」
片淵さんの言葉に、
「そういえば、最近勉強アプリとか流行ってますし、そういうのを使ってみるとかどうでしょうか」
園村さんがお湯を掬って肩に掛けながら言う。私と園村さんは身長が高いというのもあって、おそらく一般的な女子生徒向けの深さで作られているのだろう湯船から上半身が結構突き出してしまっている。
まあ、なのであまり園村さんの方を向くと、山が浮島2つに早変わりしているのが見えてしまうので、出来るだけ湯船に頭を乗せて、外を向くようにする。
「あー、勉強アプリとか一時期流行ったよねー」
「そうだね」
「無料のヤツをダウンロードしてみたけど、結局すぐにやらなくなったなー」
片淵さんの言葉に私が頷く。
私自身はどちらかというとアナログな勉強法の方が合っている、というかシャーペンを持ってノートに書き込む方が覚えられると思っていたから、そもそもソフト自体を自分のスマホに入れたことはなかったのだけど、一時期学校でゲームと勉強が融合した人気アプリが出たらしく、クラスで流行っていたのは知っている。
ただ、やっぱり最初は物珍しくてやるみたいだけれど、1年もたずに止めてしまった子が多いらしい。
「ああいうのは続かないんだよねー。他に何か良い方法ないかなー……特に英語と数学」
「英語ならリスニングCDで睡眠学習とか」
「やってみたことあるんだけど、結局何にも覚えてないんだよねー、にゃっはっは」
提案した工藤さんの言葉に片淵さんが実験結果を返した。
「海外のドラマなどを見るのは?」
「うーん、やってみたのはやってみたけど、結局字幕を追っかけてばっかりで英語自体は全然覚えられなかったなー」
園村さんの言葉にも、片淵さんは既に実践済み報告を返してきた。何だかんだ試してはいるんだなあ。
「準にゃんはそういうアプリでオススメとかは無いの?」
「ううん、基本的には全部アナログかな。英語はノートに書き込むのと単語帳」
「あー、やっぱりそうかー。千里の道も一歩から的なヤツなんだねえ」
夢破れて打ちひしがれた片淵さんも私の隣で湯船の縁に顎を乗せて、ふにゃんと潰れ水饅頭みたいになった。




