第9時限目 旋律のお時間 その4
私は返答に窮する。
あの話を繭ちゃんは知らないだろうから、いちいち話題に挙げる必要もないし、知らなくて良いことだと思うから、私は事実のみを並べて答えることにした。
「ほら、GW明けに中間テストがあるでしょう? その勉強が上手くいかなくて悩んでるんじゃないかな」
「中間テストのため、だけで、都紀子ちゃん、寮に、泊まってる、の?」
そういえば、寮のお風呂に一緒に入ってたし、ご飯中とかでもたまに繭ちゃんとは会っているから、片淵さんが寮に泊まっているのはバレて当然か。
「そ、そうそう。ほら、片淵さんってちょっと家から遠いし、寮で私と勉強合宿してるんだよね」
「都紀子ちゃん、のお母さん、外泊を許してくれる、の?」
「え、ええっと……勉強会だから……」
しまった。
繭ちゃんはある程度、片淵さんの家の事情を知っているんだった。
「準ちゃん。本当のこと、私、知りたい」
繭ちゃんの視線を真っ直ぐ受けた私は、ううん……と唸ってしまった。
仲間外れにしようというつもりはないけれど、この話題はあまり多くの人に広げるようなものでもないし、私自身あまりしたくないのもある。
そして、繭ちゃんはこの前の中居さんのときのことから察するに、色々気を回してくれる……いや、気を回してしまうだろうから、あまりそういう負担を掛けたくないというのもある。
「……ごめんね」
私は静かに首を横に振った。
「心配かけてしまって申し訳ないとは思うけど……大丈夫だから」
「……うん、分かった」
繭ちゃんは、ほんの少しだけ未練の残った表情で、それでも私の意思を汲み取って頷いてくれた。
「でも、もし何かあったら、相談して、ね」
「うん、ありがとう」
これは私と、そして何よりも片淵さん自身の問題。
今回、もし中間テストで点数が良かったとしても、期末、そして受験。
今のままでは多分、また近い将来、片淵さんはあの母親という壁と相対し、そしていつかはそこで立ち直れなくなってしまうかもしれない。
だからこそ、片淵さんには頑張って欲しいと思う。彼女のお母さんの鼻を明かすように。
……なんて他人事みたいなことを考えてみたけれど、まあ私自身当事者だし、あまり余裕もない。
まあ、これで駄目だったら強制的に転校となるだろうし、私個人としてはそれでも良いのだけれど、片淵さんは全て自分のせいだと責めそうなのが不安。
だって、今回は完全に煽った私と片淵さんのお母さんという構図であるわけだから、本来は片淵さんの方が巻き込まれた側なんだけど、それでも彼女にとっては自分自身が巻き込んだ側だと思っているみたいだから、自分を責めてしまうだろうなあ、なんてことは容易に予想できる。
「準、ちゃん?」
「……ん? あ、えっと、何?」
また、私は人前で考え込んでいたみたいで、繭ちゃんの声で我に返る。
「えっと、ピアノ、もしやるなら、楽譜は一杯あるから、言ってね」
「あ、うん。ありがとう」
「私、部屋に戻るから。またね」
「また」
ひらりひらり、と小さい手を振って、繭ちゃんがてててっ、と小走りに食堂を出ていく。
そしてそれと入れ替わりで、入ってきたのは、
「……準」
「小山さん、こんにちは」
吸血鬼コンビ、じゃなくて吸血鬼と吸われ役、でもなくて吸血鬼とその友達、園村工藤コンビだった。
「……何してるの」
いつもよりやや気だるげな工藤さんの声。
「ん、ちょっと用事があって、食堂に来てたの」
「食堂に……はっ、まさか私たちと同じでお茶会でしたか?」
最近分かった、若干ポンコツ感ある園村さんが何故か妙な方向に理解してそう言ったのだけど、
「いや、違くて……って“も”?」
と私が中居さんちっくに否定したところで、使われている係助詞に首を傾げた。
「ああ、えっと……“アレ”の後だったので、華夜がまた体力無くなってしまって」
「”アレ”? ……ああ、なるほど」
一瞬、何のことかと思ったけれど、この2人でやることといえば”アレ”だろう。園村さんの衝動の解消。
だから、ちょっと普段よりも一回りくらい喋り方にぼんやり感が増してたんだ。
「じゃあ、小山さんもご一緒しませんか?」
「良いですね」
「……ってあ、でも小山さんって紅茶とか飲まれます? 私、コーヒーよりも紅茶派で……。ほらその……」
こっそりと耳打ちするようにして、
「男性ってどちらかというと紅茶よりもコーヒーの方が好きが多いと聞いたことがあるんですが」
と尋ねてくる。
「ホントですか? そう……なんですかね? 私は紅茶の方が好きですが」
「あ、そうなんですか? それでしたら是非」
「千華留、喉乾いた」
私の言葉の直後に、我が儘少女がオーダーする。
「あ、ちょっと待って。じゃあ、小山さんも待っててください。作って持って行きます」
「あ、手伝いましょうか?」
「大丈夫です。私におまかせください!」
えへん、とクラスナンバーワンという噂の豊かなマウンテンを自己主張させながら、園村さんが言う。
「じゃあ、お言葉に甘えて」




