第9時限目 旋律のお時間 その1
「疲れたー! もう無理ー!」
ギブアップ宣言の片淵さんがローテーブルに突っ伏す。
「ん、じゃあ休憩しようか」
「さんせーい」
私の言葉に対して、顔を上げずに手だけ挙げた片淵さんはそのままくてっと顔を横に向けた。
「……本当にこのままで大丈夫なのかにゃー……」
この大丈夫、は間違いなく今回のテストの話なんだろうけど、そこについては大丈夫かどうかなんてのは私にも分からない。
「ゴールデンウィークも後2日だから、頑張らないといけないしね」
「んだねー……」
デスティニーワールドのアレとか、中居さんの事件とか、連休中黄金には程遠いけれど、色濃いイベントをこなしていた私は、結局片淵さんとの勉強会があまり開催出来ていなかった。
そもそもはガッツリ勉強ばかりしていては駄目! 遊びも勉強もやろう! というのがスタンスだったけれど、何だかんだで遊んだりする時間の比重が高くなりすぎていた気はする。夏休みの宿題が終わっていなくて、ギリギリになって焦るパターンと同じかも。
まだ連休明けまで2日。実際のテストは更にもう2週間くらい先なのだけど、学校の授業が始まってしまうと普段の授業とテスト勉強のコンボで疲れ果ててしまうから、出来るだけその前に基礎は固めておきたいと思う。
「……あ、そういえば準にゃん、GW明けすぐくらいに誕生日だったよねー。確か5月の12日?」
現実逃避のためか、はたまた日付を追っていたら思い出したのかは分からないけれど、片淵さんが私の誕生日の話題を振ってきた。
「あ、うん。そうだね」
確か、デスティニーワールドの友情運を占ったときにそんな話はした覚えはあるけれど、よく覚えているなあ。
「じゃあ、誕生日パーティーしないといかんねー。折角ならケーキとか寮で作らせてくれたりしないかね?」
体を起こした片淵さんがペットボトルのお茶を飲んでから言う。
「片淵さん、ケーキとか作れるんですか?」
「んー……」
少し考えて、片淵さんが苦笑いで答えた。
「レシピ通りなら割と何回か作ったことはある程度だねー。一応、食べられるものは作れたよー」
片淵さんの回答がちょっと怖いんですが。食べられないものが出来るパターンもあるの……?
私の表情に出ていたのか、片淵さんは「多分準にゃんが考えてるのと違うねー」と笑った。
「アタシ、不器用だかんねー。ちゃんと味は大丈夫だったんだけど、盛り付けがちょっとスペシャルな感じになったっていうか、ボンバー! って感じになったっていうか」
「あ、ああ、なるほど」
まあ、それはそれでちょっと問題ではあるけれど、食べてしまえば一緒だよね。
「というかそもそも家が家だから、ピアノの練習ばっかりだったんだよねー」
そう言いつつ、再度ペットボトルに手を伸ばしかけた片淵さんがぴたり、と手を止めた。
「……?」
私の疑問符に気づかなかったのか、片淵さんは青菜に塩といった感じに萎れてしまった。
「……あ、ヤバイ。忘れてたなー……」
再び机に突っ伏した片淵さんが、悲壮な声を漏らす。
「えっと、どうしたの?」
私の言葉に対し、片淵さんは溜息と共に言葉を投げ出した。
「いやー……そういえば、テストもそうだけど、その後にピアノの発表会があるんだったなーって」
そういえば、あのドレス姿で出てきたときにそんな話を聞いた覚えが。
「そういえば、食堂にピアノ置いてあったよねー? アップライトだったけど、使っていいのかにゃー?」
「どうだろう。私も使ってるところ見たこと無いけれど、使っていいか聞いてみる?」
「誰に聞けばいいのん?」
「多分、益田さん……あ、寮長さんに聞けば良いんじゃないかな」
寮の備え付けなのか、それとも生徒の所有物なのかくらいは益田さんに聞けば分かるだろう。
「なるほどねー。寮長室に居るんだっけ?」
「多分。散歩がてら、行ってみようか」
「オッケー」
私と片淵さんが立ち上がったところで、テオが私の服目掛けて飛んできた。連れて行け、ということなのかもしれないけれど。
「こら、テオはお留守番。すぐに戻ってくるから」
そう言って、服にくっついたテオをベッドの上に置くと、お尻をこちらに向けたまま尻尾を大きく激しく左右に振って不機嫌アピール。でも、駄目なものは駄目だからね。
一応、寮の部屋から出すなということは、前に提出した猫の生徒申請書に書かれていなかったけれど、前に太田さんが言っていたように、寮の中に猫嫌いの子とかアレルギー持ちの子が居たりするといけないから、出来るだけ部屋から出さないようにしている。
後は爪とぎを他の部屋でされたら困るし。
犬みたいに臭くなってきたらお風呂、とかなら部屋の外に連れて行く必要も出てくるけれど、猫は毛繕いするからほとんど臭くならないし、尚の事外に出す理由は無いから、テオには可哀想だけれど私の部屋でお留守番。
「……あれ?」
部屋に鍵を掛けた私は、少し階段前まで進んでいた片淵さんの不思議そうな声で足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、下からピアノの音がしてる気がするんだけど、気のせいかねー?」
「え?」
言われて耳を澄ますと、確かに階下から微かにピアノの音が聞こえてくる。
「ホントだ」
「丁度寮のピアノを使ってる人が居る、とか?」
「かな?」
私たちは顔を見合わせてから、少し足早に食堂に向かった。




